上昇志向 ~管理職・指導主事に興味・関心!? ~

この頃の私は、前述の如く、教育委員会や文部省など対外的に関わることが多くなっていた。それまでの私は、どちらかというと、内に籠もっていることが多かったが、この頃は外にも目が向くようになっていた。それとともに、教育委員会事務局で勤務する指導主事、文部省の教科調査官や視学官などに対して、半ば羨望の眼差しで見るようになっている自分がいた。

同時に、教頭(のちの副校長)、校長にも少しずつ興味・関心が湧いてきていた。ある時、教頭が出張中の職員室で、冗談半分に教頭席に座り、当時流れていた自動車のテレビCMのキャッチコピー「いつかはクラウン」をもじって「いつかは教頭」などと言って、職員室で笑いを誘っていた自分がいた。冗談とも本気とも何とも言えぬものだった。

主任制反対闘争 ~組合への拠出、断固拒否!! ~

当時の私は、進路指導主任を経験させてもらっていた関係で、「主任手当」なるものが支給されていた。

職員団体、いわゆる「組合」は、“主任制反対闘争”〈注2〉を繰り広げており、教員間を主任とそうでない職層に分けること、かつ手当をもって分断することに猛反対をしていた。そして、主任手当を組合に拠出させて、都教委の思惑を形骸化させるとともに、逆にそれを組合の活動資金? に回そうとするようなことをしていた。

当然、主任であった私のもとにも、組合から手当の拠出要請がきた。複数回にわたる要請もあったが、断固、拒否した。人間関係を気にする私も、これだけは譲れなかった。とにかく全くおかしな話で、納得がいかなかった。多くの教員(当時、組合加入率9割以上)は、それに賛同していたようであるが、私は根っからの非組である。

聞くところによると、主任手当は、ストライキで処分された教員の支援資金や組合の闘争資金として毎年プールされ相当な額に上っており、都教委が支給する手当が組合の資金に公然と流れる実態があり、大問題〈注3〉となっていた。しかし、例のお得意の「学校の常識は世間の非常識」で、そんなことはどこ吹く風だった。今では信じられないようなことが、学校社会ではまかり通っていたのである。


〈注2〉 「主任制反対闘争」

文部省が学校教育法施行規則を改定し「主任」を設置(1975年)して以来、全国的に主任制反対闘争が展開した。日教組は、「主任手当が職場の差別化につながり、管理教育が強まる」という理由で、主任手当の支給に反対した。そして、実際に主任手当が支給されると、組合所属の主任は、主任手当の受け取りを拒否し、逆にその手当を組合に納めるようになった。

都道府県によっては、半ば強制されたところもあったようである。東京都では、都高教(東京都高等学校教職員組合)を中心に「主任の氏名報告拒否」「主任手当の拠出」「主任を必要としない職場づくり=職場洗い直し運動」などを各職場に提起して、主任制撤廃に向け全力を注いでいた。(出典:『文部科学省ホームページ』「学制百二十年史」より一部参照)

〈注3〉 「大問題」

「東京都の公立学校の主任教諭に支給される主任手当の一部が教職員組合に流されている問題で、東京都教育委員会は14日、その総額が平成10年度に約2億1千万円以下と推定されることを明らかにした。同日開かれた同年度都教育庁の会計決算特別委員会で土屋敬之議員(民主党)の質問に答えた。答弁に立った都教委の上條弘人人事部長は『職員団体への加入率をもとに推計して3分の1が職員団体(教職員組合)へ拠出されている。2億1千万円程度と推計しているが、実際には下回ると考えている』としている。

土屋議員は『手当を教職員組合に拠出しないと、村八分になりかねないという現職の先生がいる。都教委として実効性のある対応をすべきだ』と厳しい措置を取るよう求めた。都教委によると、主任手当は正式には『教育業務連絡指導手当』と呼ばれ、都内の教職員のうち教務主任や保健主任、学年主任、生徒指導主任などに日額200円が支給される。10年度は1万7224人に対し、5億9287万5000円が支給された。都教組では、『主任制度反対の立場から、手当を子供たちのために有効に使おうという自由意思に基づく拠出を先生たちに呼びかけている』としている。」

(出典:『東京新聞(朝刊)』「2000(平成12)年4月15日の記事」より抜粋)