【前回の記事を読む】非常識にもほどがある…主任制反対闘争の恐るべき過去の実態

N君との出会い~師を超えて、逝ってしまったN君~

N君は、私がこの学校に着任して、最初に担任を持った時の生徒である。彼は真面目で、正義感が強く、担任からしてみれば、ある意味、“頼りになる生徒”であった。

そんなこともあって、彼はクラスを代表する学級委員となり、担任の意向を酌んでクラスメイトをよき方向にまとめようとしていた。

しかし、その一方で、愚直なまでに生真面目で、融通性のない堅物であったが故に、クラスの悪ガキどもからは煙たがられる存在でもあった。そして、彼が学級委員として頑張れば頑張るほど、彼らの反感を買うことにつながっていった。

ある時、彼の個人ロッカーがいたずらされることがあった。担任として、クラス全体の問題として、このことを取り上げると、今度はロッカーではなく、体操着が盗まれた。彼に対する嫌がらせは、陰に陽に次第にエスカレートしていった。

私はこの問題を解決するため、保護者の方を交えての三者面談を設けることにした。いじめは、今と昔では、姿、形は違えども、本質は同じだ。いじめを行っている生徒に対し、“直球”で指導すれば、表向きは収まるのであるが、その反面、地下に潜伏し、陰湿ないじめへと化し、より巧妙ないじめへと“進化”していく。なかなか難しい厄介な問題である。

さて、私はこの問題について、具体的な解決策を持ち得ないまま面談の日を迎えてしまった。

面談の際、彼曰く、「先生、これは学校側の責任でもないし、ましてや親の出る幕ではない。すべては自分が蒔いた種である。自分のことは自分で解決する。先生は、それをただ黙って見守っていてくれればいい。そして、お母さん、これは自分の問題だ。余計な心配は無用」と、彼が一方的に喋り捲って、面談は終わってしまった。

在学中は、他人を頼らず、自己の責任において行動していく、“そんな生徒”であった。将来の進路は、「私の後を追いかける」と言って、大学では歴史を専攻した。そして、毎年、夏と冬には必ず、現在取り組んでいる状況を報告してきた。

そして、大学卒業後、今度は更なる学問の道を究めるといって、大学院への進学を決め、意気揚々として、私に報告に来た。その後も、盆暮れの挨拶に、研究成果を報告してきていたのだった。