【前回の記事を読む】【小説】記憶喪失になった女性…「上司が不自然な事故死」の謎

置き去り

会社に着くと、先に出社していた舞に言った。

「おいしい店を見つけたので、今日一緒にランチしない?」

舞は、目を見開き、驚いた顔で私を見て言った。

「まるで、大きな災難が待ち受けているに違いないわ。栄華に誘われるなんて、天変地異の前触れにしか思えないし、きっと何か悪いことが起きそう」

「駅の近くに新しくできたイタリアンがあって、おいしかったから行かない?」

彼女の言葉を無視して、私は強引に誘い出した。

店に着くと、舞は照明やテーブル、椅子の豪華さに、

「なかなか大した店じゃない。高そうね」

と、心配そうに言った。

「私がおごるから、食べたいものを頼んで」

と、私が言うと舞は、

「やっぱり、何かたくらんでいるの?」

と、警戒するように聞いてきた。

「たくらんではいない。ただ、話を聞いてほしい」

と、切り出し、そして、私は、真剣な口調で休みの間の話を全て彼女に話した。舞は、口に含んだ水をもう少しで噴き出しそうになりながら、

「そんなことって! 信じられない。悪い冗談じゃないの?」

と言い、

「まさか、最悪なことだけど、大木さんが巻き込まれたと思っているの?」

と、ストレートに聞いてきた。

私は、

「そう思っている。だから、あなたに協力してほしい」

と言った。

彼女は、いいかげんなことは言わないと思えるから話したのだけど、私さえ彼女に何か危険が及ぶとまでは、思い至らなかった。

「だったら、私も疑われて殺される可能性だって、あるはずだよね?」

と、舞が言ったとき、私は不安になった。だが、

「私も普段どおり過ごすから、舞もそうして。何か気づいたことがあったら、メールして」

と、舞に言うことしかできなかった。

「わかった。私はたいがいのことにびびらないから、大丈夫」

と、舞は私に笑顔で言った。

ないかもしれない犯罪から、どう我が身を守っていくのか?

思い過ごしかもしれないし、また何か起こるかもしれない。舞は大丈夫だろうか?家族と住んでいるからましだけど、悪いことが起こってほしくない。

たいがいのことにびびらない、と言っていたとはいえ、あまりに何が起こるかわからない状況に、大きな不安にかられても無理はないだろう。

排他的な私でさえ、誰かに協力を求める事態なのだ。舞だって不安だろう。耐えるしかないかもしれない。何も起こらないことを望みながら、日常を過ごすことを。そして、いつか解決できることを願いながら……。