【前回の記事を読む】得体の知らない男からの変な電話。誰も巻き込みたくないのに…

置き去り

その後、何も起こらずに一週間が過ぎた。ないかもしれないと思える犯罪だが、日々の経過ははかなくも、いささか恐ろしくも感じた。しかし、あまりに何も起こらないので、またいつもの日常が戻ったかに感じられた。

『起こらないかもしれない。この先何も……』と、思われたある日、舞が青い顔をして、先に出社していた私の元へやってきた。そして小声で「トイレに来て」と言い、そこで誰もいないことを確認してから切り出した。

「昨日から、なかなか鳴りやまない電話があったの。公衆電話からだった。前のこともあるから出なかったの。そうしたら、えんえんと鳴り続けて、なかなかやまないから、頭にきた父が出て、『名前を言え!』と怒鳴っていた。たかがやまない電話と、たかがいたずらと、思って出たのに、『かわいそうに。あなたたちは、私が運命を握っています』と言われ、いたずらにしては気味が悪いので、警察に言ったの。大木さんには、どんな脅しがあったかはわからないけど、警察に言うことで抑止にはなるでしょう? だから、私はたぶん大丈夫。あなたの方は何もないの?」

ショックだった。明らかに舞だけでなく、彼女の家族まで巻き込んでしまった。「まだ、ないけど。前みたいなことは」と、私は映画館でのことを思い出しながら、しどろもどろに言った。舞にはメールを送るとは言ったけど、また、おかしいくらい眠くなったらどう対処しよう。それから、二人で深呼吸をして一息つき、「また何かあったら、警察に言おう」と約束した。

ないかもしれないなんて、甘かった。さすがに落ち込んだ。なかなか見えない相手にどう立ち向かったらいいのか? 普通の日常を取り戻したい。あまり、いいと思っていなかった日常を、初めて大切と感じたから。大切なものは、失って初めて気がつくと、実感した。そして、その平穏な日常を失いたくない、と切に願った。

犯人の目的は何か、全くわからなかった。私なのか? 会社の人間なのか? 誰から見ても良い人たちが巻き込まれている現状を考えたら、たかが愉快犯には思えなかった。考えれば考えるほど、わからなかった。

疑いをかけるとしたら、誰が怪しいかと考えてみた。だけど、会社の人とのつきあいのない私には、当然のことながら何もわからなかった。解決するには、新たな対策が必要だ。これ以上他人を巻き込みたくない、というのがあったし、笈川さんにアドバイスを求めたが、『やたらと情報を流すことは危険』と、言われたので、やはりこれ以上協力者は求めないことにした。