青山新左衛門と重太郎は、岩淵郭之進の屋敷で案内役の諸星玄臣を待つ間、岩淵は今回の海防番所の番士の行方知れず事件のことを簡略に説明した。

それは一月ほど前、冬独特の荒れくるう北風がうそのように収まり、海は春が近づいているとゆったりとうねっている日だったと言う。疾の海防番所の沿岸を見回る舟が帰還せず、夕暮れ近くになって大騒ぎになり、捜索の舟を出して探したが見つからなかった。そして、次の日から、また海が荒れたのである。

同じような事件が、異国船座礁事件が起こる前にもあり、そのときは遺体が見つからず、海難事故として処理されてしまった。だが、今回は嵐が収まった後で、坊の入り江の鷲の嘴という突端下の海岸で、遺体が見つかったのだ。その場所は、干潮時にしか岩場が現れないところだった。満潮の上げ潮に乗って流れ着き、そのまま残ったものらしい。

岩淵は話を続けた。

「そなたたちに来てもらったのは、事件が前々から横行している抜け荷と関わっているふしがあるからだ。もしそうなら、海防にも関わる由々しき問題でもある」

河北藩は日本海に面して海岸線が長く、海防には力及ばぬことが多々あるのだと言う。

「手は尽くしておるが、なぜかいつも先回りされてしまう。だから、そなたたちのこともすでに知られていて、それほどの猶予はないと思ってほしい。くつろぐ暇もなくて御苦労なことだが、海防は猶予ならん案件だから、すぐに取り掛かってもらいたい」

詳しい話は、小粗衣の海防屯所にいる軍奉行の萱野軍平に聞けと言い、岩淵は諸星が来るとすぐ出立するよう促した。諸星は一人ではなく配下である吉三を連れてきた。