「世界史、いや、歴史ってヤだよね」

年度末お疲れさま、と飲み会のお誘いもなくはないのだけれど、佑子はヒロさん、恵さんと中華街の円卓に座っている。ここは、圧倒的に広東料理の店が多い中華街には珍しく、本格四川料理の店なのだ。

野菜多めの前菜を愛でながら、恵さんもヒロさんも、最初からぬる燗の紹興酒。とりあえずビールでクはァなんていうことは絶対にしない先輩たちだ。四川と紹興じゃあ地方が違うじゃんっていってもそれしか選択肢がないんじゃあねぇ、とヒロさんは小さなグラスに口をつけた。

ミリ単位でしか減っていないグラスをテーブルに置きながら、そして、自分の職業を全否定するようなセリフを吐くのだ。恵さんのパートナーで、世界史の専門家で、実はかなりなお酒のテイスターらしい。

「その気になったヒロに最後まで付き合うと、地獄を見るよ」

恵さんにそう脅されたことがある。基は、いつかやってみようかな、と言っていたが、もとより佑子にそんな気はない。半年くらい前から、自分の授業で話していることが、戦争だか虐殺だか、そんなことばかりで嫌気がさすことが度々で、年度が終わる解放感で恵さんに連絡してしまったのだ。

中華街で楽しむことにしていた恵さんたちのカップルの席にお邪魔したのは、その時に誘われたから。多分、夜半からは基も合流して来るのだけれど。

「歴史のエポックになる場面って、大きく時代が動く時でしょう。そんな場面ばかり取り上げてたら、血腥い歴史しか描けないよね」

ヒロさんは、トロりとした表情で言うのだ。

「でもさ、年がら年中戦ってばかりなんていられないよね。普段の人間って、何考えて何をしてたんだろうね」

定番の前菜の皿から取り上げたクラゲをこりり、と噛む。四川には、クラゲいないよね。