ヒカルという女子高生について

俺が、彼女が読んでいた『千夜一夜物語』を見ていたように、向こうも俺が読んでいる本を見ていた。興味があるのだろうか。会釈してみる。会釈し返してくれた。思い切って聞いてみる。

「学生さんですか?」

「そうです」

「大学生?」

もちろん彼女が高校生であることは知っていたが、私服姿の女の子が夜一人で北欧テイストのカフェで読書している場面では、大学生? と聞く方が自然に思えた。

「高校生です」

ようやく本当に会話に持ち込むことができそうだ。やったぞ桃! 粘り勝ちだ。まだ目標達成には程遠いが、最初の一歩だ。

その日は、お互いの自己紹介までこぎつけることができた。ヒカルは無愛想だが、話してみるとあたりがきついということはなかった。普通に会話できる。

いったんプライベートな話をするようになってからは、少しずつ警戒心を解いてくれた。距離感がちょうど良かったのかも知れない。顔を合わせるペースは二、三週間に一回程度。会ったとしても、ずっと話をしているわけではなく、お互いに本や漫画を読んでいたり、勉強していたり。

俺は実は桃が彼女の兄じゃないのかと思っていたのだが、事前に聞いていた通り、両親以外の家族は妹だけだと言われたので予想は外れた。そんな桃は頑なにヒカルに直接会おうとしない。曰く、「近しい人には、雰囲気で感づかれる可能性がある」のだそうだ。

加えてヒカルは常人よりも勘が良いらしい。そうやって少しずつ話せるようにはなっても、ヒカルが抱えている問題については踏み込めない。桃からの情報によるとまだ彼女の生活は変わっていないらしい。俺はだんだん、彼女が学校に行かなくなってしまった事情や経緯は無理に明らかにしなくても良いのではないか、と思うようになってきた。

俺には、彼女の事情を知る由もないけれど、疎外感、閉塞感、不安と言った感情を抱えていることは理解できる。十代の子にとっては特段珍しいことだとは思わない。彼女はそれが他の子よりも、強く出てしまったのだろう。それだけで十分、助けになってあげたいという気持ちになった。