第二章 千年の暁

次回作はドストエフスキー原作の「悪霊」だった。

この作品に監督は当初は主人公のニコライ・スタヴローギンに婆須槃頭を予定していた。

しかし、リトアニア出身の若手俳優アレクサンドル・O・エーゲシキンの強烈な横やりで主役変更となり、エーゲシキンがスタヴローギンを演じることとなった。これに、婆須槃頭が噛みついた。一触即発の雲行きに撮影所は凍り付いた。

しかし、エーゲシキンは策士だった。彼は婆須槃頭の素性を密かに探らせてマスメディアに公表しようとした。そのうえ、彼に二役というおいしい餌を投げかけた。監督もエーゲシキンの声に負けた。不本意ながら婆須槃頭は主役をエーゲシキンに譲り、自分はキリーロフとチーホン僧正の二役を承諾した。エーゲシキンのロシアへの深い恨みはこうして晴らされようとしていた。

しかし、天運は婆須槃頭に味方した。世界映画史上例を見ない、相反する性格の二役は各映画祭、世界各地の上映で圧倒的な反響を呼んだ。キリーロフ、チーホン僧正で自分の肌、瞳の色さえも白色人種に同化させ、体重もそれに応じて変化させた究極の役作りは欧米の俳優たちの追随のそれを許さぬものだった。

「智」をそのまま体現したキリーロフ、「情」と「意」の体現者チーホン僧正。性格付けのメリハリも見事の一語に尽きる。

キリーロフの追い詰められての拳銃自殺、異色のロシア正教僧正チーホンへのスタヴローギンからの「告白」、そしてチーホンの告白公開の指示。いずれも見事で鬼気迫る演技だったし、訥々(とつとつ)とした吹き替えなしのロシア語も奇妙なリアル感を出していた。

私笹野はヨーロッパのマスメディアの格好の餌食となって取材攻勢を受けた、エーゲシキンが明かそうとした婆須槃頭の正体についての取材攻勢だった。

あのインドでの取材からほぼ二年が経とうとしていた。

私と内山はそれらのマスコミ攻勢に「話せることなど何もない」と厳しく対処し一蹴した。

その後、全世界の芸能ジャーナリズムは年を追って婆須槃頭の正体を探ることに力を入れ始めた。日本、インド、アメリカ、ロシアとその動きは勢いを増し始めた。しかしそれ以上に世界中の映画監督からの引きも切らないオファーのほうが動きが大きかった。