約束の場所

基がローテーブルを据えて、その上に二枚の皿を載せた。一つは盛大に湯気を上げる枝豆。皮がこすれていたりで見てくれは悪いけれど、もぎたてで、甘い匂いを漂わせている。もう一枚には山のようにタテ割りの胡瓜が載っている。これも庭の産物で、大きさは不ぞろいだし曲がったりもしているけれど、鮮度といえばこれ以上はない。手に取ればぼつぼつが痛いくらいだ。

添えられたディップは二つあって、一つは裏ごしした梅干しにこれでもかという分量のかつお節を合わせて叩いたもの。もう一つはネギ味噌なのだけれど、この味噌は菅平合宿でお世話になった宿の、おばあちゃんの手前味噌なのだ。ものすごく滋味深い味で、味噌汁の一口で涙ぐみそうになるほど美味い。

基の用意するものって、いつもこんな調子なのだ。がさつで、まったく配慮を感じない一皿なのに、なんだか納得させられたり引きつけられたりする。その基が庭に声をかける。

「ヒロさん、来てくださいよ」

ボウルに鮮やかな赤い玉を盛って、ヒロさんが縁側から上がって来る。基が手渡したグラスは、ビールの景品のコップだったけれど、ヒロさんは細長い指を優雅に動かして、受けたワインを口に含んだ。目尻が下がって、嬉しそうな顔になる。

そこで、玄関のチャイムが鳴った。ごめんください、という、控えめな、可憐と言ってもいい声。どうせ開けっ放しの玄関なのに、バルちゃんはいつでも律儀だ。両手に抱えた大きなエコバッグを下ろしもしないで、全員に会釈してからキッチンに入る。

彼女は、基の仕事に関わるフォトグラファーとして知り合った。同じ年齢であることもあってすぐに親しくなった、つもりではあったのだが、実はバルちゃんは、複雑な心を抱えるヒトでもあった。佑子と本当に打ち解けたのは、恵さんのパートナーであるヒロさんがバルちゃんの高校時代の恩師であったことが分かってからだ。

細くて小柄で、気弱な笑顔を浮かべる彼女のパートナーは、常にいかつい雰囲気のカメラでもある。そのギャップはさらに、その作品にも浮かび上がる。まだめったにメジャーな仕事ができるわけではないのだけれど、その作品は、いつも被写体に優しく寄り添っている。

基と一緒に生活するようになってから、佑子は包丁を持ったことがない。料理を、やらせてもらえないのだ。そしてその基が、全幅の信頼を置いているのが彼女の料理なのだ。

これで、間を持たせてくださいね、と、さっそく、バルちゃんがテーブルにひと皿を出してくれる。自宅で用意してきてくれたのだ。

「スモークサーモンのマリネ、です」

マリネされて半透明になった玉ねぎのスライスの上に、つややかなピンクのサーモンが重なっている。散らされたケッパーの粒とスタッフドオリーブ、黒胡椒のインパクト、パセリのみじん切りのきりっとした緑が、フォークを持った恵さんの笑顔を引き出した。

照れくさそうに身を引くバルちゃん以外の全員が、身を乗り出したのが可笑しい。

「基くん、その量を一気にっていうのは紳士的じゃないぞ」

サーモンとケッパーを集中的に重ねて口に運ぼうとした基を、ヒロさんがたしなめる。決して他人に否定的なことを言わないヒロさんだけれど、こういう場合は例外なのだろう。

「ワインに、んふふ。ねぇ」

恵さんのその笑い方は、満足と期待のしるしなのだと、佑子はよく知っている。