著者により主張は真逆 あなたにはあなたに合ったやり方

本の価値をクリアに語れる人を羨ましく思います。

きっとそういう人は、本を知り尽くしたうえで、行動力もあり、信念を貫いてきたことでしょう。

私は迷ってばかりいます。自己啓発本やハウツー本、恋愛本なんかに特に言えることですが、多読の落とし穴は、情報やノウハウが相殺されていくということです。

「やりたいことがあるなら、いまの仕事を辞めるべきだ」と説く本もあれば、「プランが明確でないなら、安易に変えるべきでない」と説明する本もあります。

「優れたリーダーたるや、常に堂々と振る舞い、揺るぎない意志を持て」と指南する本もあれば、「間違っていると思ったら、その考えを変えられるような柔軟性を兼ね備えた人間であれ」とも指示してきます。

「好意は伝えてナンボです。自分に好意のある人を、人は嫌いになれません」と背中を押す一方で、「自分の感情を相手に押し付けることはやめておきましょう」とブレーキをかけてきます――キリがありませんね。

著者によって、主張が一八〇度異なります。状況によって、それはどちらも正しい理論なのでしょうけれども、読み手側からすれば、「もう少しはっきりしてよ」ということになります。

渾身こんしんの想いで綴った本を読めば読むほど、いろいろな意見を聞けば聞くほど、尖った部分は削られていきます。多種多様な意見によって、自分の考えがならされてしまうからです。

「最終的には、無難が一番かな」という尋常一様じんじょういちような考えに落ち着いてしまったのならば、その個性的な本の価値はなくなってしまいます。

でもまあ、結局のところ、本というのはそういうものなのでしょう。

「私はこうやりましたけれど、世のなかには、立場や状況や思想や年代や性格などによって、いろいろな考え方があり、それを決めるのは自分自身ですよ」ということを、手を替え品を替え、教えているだけなのです。

同じジャンル、同じテーマの本がたくさんある理由は、そういうことです。唯一、本に正解があるとしたら、それは、「あなたにはあなたに合ったやり方がある」というだけです。