「どうも我の妹姫達は抱き付く癖がある。困ったものだ! しかし、紗久弥よ……。先ほど我の身体や衣が汚れて臭~いと言っていたではないか?」

「兄上様は特別よ! 私は兄上様の妃になります! 兄上様以外の殿方の所には絶対に嫁ぎませんわ!」

「紗久弥。兄妹同士の婚儀は許されませぬ。紗久弥には良き縁談がきっと来るでしょう」

清姫が言うと、紗久弥姫は泣きそうな顔をして羅技から離れた。

「兄上様! 私に美しい領巾三枚と、兄上様よりもずっとずっと良い御人を探して来て下さいませ!」

「分かった! 我は紗久弥の願いを叶えようぞ!」

紗久弥は大喜びではしゃぎ回った。領巾をはためかせて部屋を走り回る紗久弥姫に、羅技はニッコリとほほ笑んだ。

「ところで幸や。風神丸を連れて行け!」

「えっ? 風神丸は兄上様の大切な犬ではありませぬか?」

「どうも風神丸は我よりもそなたが好きな様だ。用の無い時は何時もそなたの傍に居るからなあ。お前が居なくなるとあやつは我を困らせるであろう……」

「兄上様! 有難うございます! 風神丸はとっても頭が良く、可愛い子です!」

「風神丸はお前の良き遊び相手となるであろう」

部屋の外から羅技を呼ぶ声と、犬の鳴き声が響いた。

「羅技様~。お館様がお呼びでございます」

「お父上が我を呼んでおられる。では、幸姫。明日の朝に会おうぞ!」

羅技は勢いよく戸を開け放つと、風のように駆け下りて行った。

二人の侍女はそれぞれの戸を静かに合わせる様に閉め、夜はとっぷりと暮れていった。

翌朝、輿に乗った幸姫と、その一行が阿修のクニに向けて出立した。屋敷の中から和清、清姫、紗久弥姫、門の手前では里人達が見送りに出ていた。幸姫の嫁入りには、馬に乗る羅技と重使主、仲根、二人の侍女、その後に荷を乗せた馬を引く数人の武人達、そして幸姫の乗っている輿に寄り添う様に付いている風神丸の姿があった。

幸姫は輿の窓を少し開け、小さな声で羅技を呼んだ。

「兄上様……」

「幸? いかがしたのだ?」

羅技は馬を輿に寄せると、おろおろとおびえ不安げな幸姫の顔を見つめた。

「私は里から出た事がないので、他の地に行くのが怖い。保些殿の所へ嫁ぐのはとても嬉しいのですが、不安でなりませぬ」

「何を心配する? そなたの傍には保些殿が居て守ってくれるのだぞ。我に会いたくなれば文を出すが良い。阿修のクニはここからは山三つ越した所に在るが、我が馬を走らせば一日半でそなたの元へ来てやる。文は風神丸に託せば良い。お願いだから我に笑顔を見せておくれ」

幸姫は嬉しそうにほほ笑むと、輿の窓をそっと閉めた。

阿修のクニへは三日目の夕刻に着き、その夜、盛大な祝いの宴が開かれた。羅技達が里に戻って来たのは、里を出てから七日目の夜だった。