ミッシェルとジョウのこと─偶然がダブルで起こった不思議な現実─

一か月も経つと腕や腰が痛くなった。

四十歳でもう老いぼれたのか。就職してこの方、軽労働でも肉体労働の経験はない。この仕事は長くは続かないだろうと思い始めていた。

そんなある日、一人の若い社員が事務所から工場に入ってきた。彼は通りすがりざま政裕を見てお前に以前会ったことがあるといった。

彼が事務所に引き返したあと、しばらくして事務所に呼びこまれた。彼はなぜか政裕がエンジニアであることを知っていたのだ。

彼の名はミッシェル‐ファブリ。そして、エンジニアリングマネージャーのジョウ‐ラザロに面接した。彼にFRPの技術的なことや日本のFRP事情など訊かれたが英語の障壁を感じた。

結局、彼は政裕をエンジニアとして採用することに決め社長に紹介した。体がもたなくなっている矢先にこんなことが起こるととはなんという幸運かと思った。

あとで聞いたミッシェルの話では、政裕がミスター‐ディーンの店で手伝っていたころ、彼がその店に立ち寄ったことがあり、その時政裕がFRPの参考書を読んでいたといった。

彼は政裕がエンジニアだということをそこで知ったのだ。政裕は彼の顔に覚えがなかったが、その時そういうことがあったことは覚えていた。

ミスター‐ディーンの店はトロントの西の外れ、二十キロも離れたこの小さな店にわざわざ何しに来たのか。彼はフランス系イタリア人でトロント西部地区はイタリア人が多く住んでいる。そこの親戚を訪れてこの店の前を通ったので寄ってみたのだといった。

こんな偶然があるとは。

ところがこのあとジョウの助手として仕事を始めてからしばらく経って、政裕がジョウに移住スポンサー、ミスター‐ディーンのことを話したところ、ジョウもミスター‐ディーンがスポンサーになってギリシャから移住したという。

これには驚いた。超偶然がダブルで起こった不思議な出来事は信じられないかもしれないが事実だから仕方がない。

それにしてもミスター‐ディーンは不思議な人だ。何百人もの移住者のスポンサーになったと聞いたが、その動機か信念があったはずだ。

幸運にも政裕もその中に入れてもらったことになった。そして彼が移住から就職に至る様々な場面で奇跡を起こしてくれたような気がしてならない。

彼は若い時、当時のトロントの一区分、ヨーク市の市長をしていたと聞いたが、自分では過去の履歴については何も語らなかったので知る由もなかった。それなりの政治家としての社会生活があったに違いない。