カナダで初就職プロテクティブ‐プラスチック

ある日、何気なく新聞を見ているとFRP製品の工場で作業員を募集している求人広告を見つけた。

工場で工員として働くということは想像もしなかったが、エンジニアなどと威張っていては仕事にありつけないのではないか。背に腹は代えられない、試しに応募してみる決意をした。

トロントの東の外れに軽工業の会社が多数点在していた。その近辺で三社のFRP製品専門の工場が広告を載せていた。この業界は好況なのだろうか。

その日、すでに昼下がりを過ぎていたが車に乗り、地図を頼りに近い順番に訪問することにした。

一番目の会社はキャンパーの組み立て工場でボディーをFRPで成型していた。小規模少量生産だった。二番目の会社は耐食性FRPで化学工場向けの大型機器を生産していた。工場の規模も大きく政裕はここならば働いてもいいと思った。

面接した人はいつでも来てくれといった。これに決めようかと思ったがもう一社残っている。時間は終業に近づいていたが急いで三番目の会社に向かった。工場の規模は前に比べ各段に大きかった。

工場人事責任者らしい人に面接され、申し込み用紙には学歴を高卒と書いた、そのほうが受かりやすいと思ったからだ。時給は最低賃金プラスちょっぴり、低技能工員として採用されて、これで決まった。どんな仕事であれ仕事にありつけたのだ。

その翌日から出勤、会社の名前はプロテクティブ‐プラスチックといった。政裕は帰宅して晴子に報告、喜びを分かち合った。アパートから職場まで高速で三十分、通勤ラッシュで四十五分の距離だった。

初出勤の朝、面接してくれた人が現場のフォアマンに引き合わせた。その下でFRPパイプ部品を手作業で成型する仕事をする見習い工ということで最も易しい仕事だった。

そのグループはすべてセルビア人だった。

※本記事は、2021年8月刊行の書籍『波濤を越えて』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。