しかし、彼は神だった。ビシュヌー神の化身としての神だった。その神が言ったということは、戦争肯定もやむなしということになる。良かれ悪しかれインドのヒンドゥー教徒はその教義に則ってこれまでやってきました」

「先ほどのチャンドラ・ボースの件ですが、ネタージとはどういう意味でしょうか」

「ネタージとは指導者という意味です。台湾で飛行機事故で亡くなったことは先ほど話しましたが、遺体は当地で荼毘(だび)に付され遺骨はなんと日本に向かったのです。東京の蓮光寺(れんこうじ)というお寺が遺骨を引き取り毎年命日の八月十八日に法要が行われております。何故遺骨がインドに渡らなかったって? それはインドがネタージの死を信じなかったからです。

彼はきっとどこかで生き延びてインドの独立の機会をうかがっている。そう信じるインド民衆はインパール作戦のインド国民軍の生き残り指導者がイギリスによって裁判にかけられようとしているのを見てひどく激高し、そしてその怒りは全インドに広がりました。イギリス側もこれはまずいと思ったのでしょう、指導者たちを解放。そして民衆の怒りはインドの独立へと繋がっていきます。そしてついに一九四七年八月のインド・パキスタンの分離独立となったのです。

今でもインド民衆の多くは非暴力主義のガンディーよりも、あくまで武力による独立を掲げたネタージ・スバス・チャンドラ・ボースをずっと崇拝し、尊敬し続けています。先ほどのクリシュナのバガヴァッド・ギーターで論じた戦争肯定の論理がここで生きてきたわけです。植民地支配していたイギリスから見ればガンディーの方が都合がよかったのでしょう。

彼を主人公とした映画『ガンジー』をぬけぬけとイギリス映画として作り、主役を印英混血のベン・キングズレーに演じさせています。インドでの興行成績は言わなくてもわかるでしょう。

その後、敗戦国日本は戦勝国によって裁判にかけられ理不尽な裁きを受けました。その裁判でインドから一判事として指名を受け、日本無罪を主張したのがベンガル州出身のラダ・ビノード・パールでした。これが四人目のコルカタの偉人です。パールの日本無罪論は、裁く方の手も十分に穢(けが)れ汚れているではないかというインド人のイギリスへの実感から出た法理論によるものでした。今でもこのパールの主張は欧米の統治者の喉にひっかかる小骨として生きています。日本人はパールの言説にもっと自信を持つべきなのです」

ハービク所長の思いのたけは終わった。

※本記事は、2021年5月刊行の書籍『マルト神群』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。