人口減少と社会システムのスリム化

人口減を前提とすると、ものづくり産業の規模は、単純に言えば、現在の生産量の半分で良い。したがって、新型コロナウイルス禍が呼び水となって、日本および日本のものづくりのスリム化が、加速度的に進むことになろう。しかし、悲観はしていられない。人口減少・少子高齢化は日本にとってまたとないチャンスでもある。

まず、日本のお家芸である芸術品にまで高めた精巧無二なクオリティーの高いものづくり製品を生み出し、ブランド化し、高利益化する。隣国に中国がある日本は、この利点を大いに活用できる。今までの、生産性・稼働率・歩留まりとは真逆の世界である。

日本の「からくり」技術の粋を行くロボット(人のいらない自動制御化)の出番である。幸い欧米人にとってロボットは日本人ほど親和性がない。筆者も含めて「鉄腕アトム」を夢見てきた多くの日本人にとって、ロボットはフレンドリーである。

既存の鉄鋼・自動車・電気電子機器・産業用機器などのものづくり産業は、工場の集約化のみならず、ロボット化を含めた完全自動化により、現場の作業職員ゼロを目指せる。その核はアナログとデジタルの融合により高めた技術力である(注9)。

こうすれば、最終的には海外の人件費は敵ではなくなる。そして、日本人の得意な改良改善技術により、生産性・稼働率・歩留まりを極限まで高め、シェアや売上高よりも、利益の最大化を目指す。

AI時代では、一般事務職・工場作業職はその職を失うことになる。しかし、幸いにも日本は人口減に突入している。AI時代に合った業種転換のための再教育が促進され、その受け皿は人口減を背景に、必ずや生み出されるであろう。

エピローグ

筆者は1960年代の高度成長期に大手鉄鋼会社に入社した。会社の業績は右肩上がりで、グリーンフィールドの敷地に新工場が次々と建設され、そこには世界で初めての新技術が採り入れられた。残業は100時間を超え、給料も毎年2~3割上昇、誰もが自家用車や住宅を借金して購入した。住宅金融公庫の利息が5・5%の時代である。多少無理しても、将来の返済は十分可能との展望があった。正月の新聞記事の特集には、前途洋々たる科学技術立国日本の将来像が描かれていた。まさに、中国の現在と同じである。

オイルショック後、高度成長は停滞し、不安が醸成されていった。これを打破するため筆者と同年代の大前研一が1992年、49歳のときに「平成維新の会」を立ち上げた。目的は、軍事・外交・金融以外は、すべて国から独立した道と州とする「道州制」の実現である。明治以来の中央集権国家から、江戸時代の藩のような地方主体の統治制度で、日本の仕組みを大改革し、次の世代に引き継ぐ狙いがあった。

しかし、当時は国民の支持が得られず、あえなく挫折した。現在は大阪維新の会の橋下徹に、彼が個人的な助言などをしている程度で、道州制も死語になりつつある。

明治維新後、中央集権国家において軍事官僚組織が肥大化するだけでなく、政府・国民から独立した路線を走った結果、未曽有の敗戦という国難に突っ込んでしまった。

戦後、急速に復興を遂げた政治・官僚組織の成功体験を基に、環境が変わった1990年代以降においても、そのままの制度を踏襲した結果、失われた20年、そして今も失い続けている30年になってしまった。