気に入って買ったのに

多摩川の支流のもっと細い枝のどこかの川っ(ぷち)にも卯の花が自生して、根方を増水した泥流に洗われている。この雨は文字どおり卯の花(くた)しだ。橋の(たもと)のバス停は後ろにもう六人もいて、列も崩れて屋根からはみ出した。

朝から降りみ降らずみが本降りになって今は激しく白い飛沫(しぶき)とともに傘の中に吹き込んでくる。しとどに濡れて冷たい。バスは来ない。往来の車の泥はねを()けようとするのに、傾けた傘の向こうで車が停まる。傘が押される。何事かと見ると、ライトバンのドアが開いて

「乗って。早く」

()かす。遠慮する場合か。ありがとうと乗り込んで

「シート濡らしちゃう」「いいよ。ベルト」

言いざまに走り出した主が意外で

「まあ……よく見つけてくれたのね」

のっぽの青年。狼狽(うろた)える。

不快で貌がこわばっていたから全身ハンカチで拭きながら(ほぐ)して、パンツは脱水機にかけたいほど、長靴の中は

「水溜まり」

のっぽくんは横目で見ながら

「脱いで」

足元からゴムのサンダルをよこして、信号待ちで窓を開けて長靴を片方ずつ逆さにして振る。コンビニの駐車場に入って、後部の建具か何か荷物の下から綿毛布を引っ張り出して

「足拭いて。長靴の中も」

「ご親切にありがとう」

「こんな日にどこへ?」

時計を視て

「市役所」

無口な相手につられて単語。

「……仕事?」「そう。明日要る書類だから。どうしても」

「……行くよ」「遠回りじゃない? あなただってあなただって仕事でしょ?」

無言。市役所の信号から一通のロータリーに入って正面玄関に横付けして

「どれくらいかかる?」

「助かったわ。ありがとう。どうぞ、行って」

「一時間くらい?」

「五分か十分」

くぐもる声に殊更はきはき答えて降りたら「じゃあ十分後、ここに」とくぐもり声が追ってきた。開示の文書を受け取って、時計を見るとスケジュールを変更しなくて済むようだ。