大学は郊外の山を切り開く形で建てられている。麓から頂上に向かって教養学部のA棟とB棟、理学部棟、教育学部棟、頂上に人文学部棟。隣の尾根に農学部棟。農学部棟のさらに奥にプールとグラウンドとテニスコートがある。そのさらに奥が丸山寮だ。夜の構内には人の気配がない。

学生用のアパートが林立するバス通りから大学に向かう側道へと曲がると、そこからたっぷり十分以上の道のりがある。道幅は広くて舗装もされているけれど、暗く静まり返った山からは木々の葉擦れの音が迫ってくる。世の中から隔絶された世界に一人ぼっちで入っていくような気分にさせられるのだ。

大学には、丸山寮の他にもう一つ男子寮がある。勇俊寮といって、こちらは大学からバス停四つほど離れた商店街の外れにある。柴田くんが勇俊寮の住人だと聞いて親近感が湧いた。寮に入れば友だちもできるし、食事も出てくる代わりに煩わしいことも多い。寮生でなければ分からないその煩わしさを、柴田くんも知っているのだ。

しかし、女子寮が併設された丸山寮に対して、男子寮だけの勇俊寮は少し雰囲気が違っているらしい。「掃除当番はあるけど、後はストームと寮祭があるくらいだよ」と、柴田くんは言った。ストームとは、嵐とか強襲とかいう意味で、旧制高校時代の名残の行事だ。夜中にみんなで大騒ぎして練り歩き、情熱を発散させる遊びである。

丸山寮でも四月に入寮歓迎ストームがあった。夜中に寮付属の広場に集合して歌い、騒ぎ、訳の分からないシュプレヒコールを叫ぶというものだった。地元の祭や、文化祭の後夜祭のようなものだと思えばそれなりに楽しめる。丸山寮のストームに勇俊寮の寮生が乱入するのも伝統らしい。

丸山寮の男子は普通の服装だが、勇俊寮の新入生は全員褌姿で、夜目とはいえ目のやり場に困った覚えがある。あの中に柴田くんもいたのかと思って訊いてみたら、「俺は参加してない」という答えが返ってきた。

「なんで? 参加しないと顰蹙買わない?」

「その日は東京に行ってた」

東京? 噂の、年上で社会人の彼女のところ? それ以上訊く勇気がなくて、会話はここで終わってしまった。