殺人現場

一方、昨年の秋から十名たらずになった捜査陣を率いていた大東は、井上との関係者を金沢から外のエリアに広げていた。井上と人間関係を構築していた者は金沢だけに留まらなかったからだ。何せ井上が金沢店の店長に就任したのは、事件が起こる前年の七月だったから、むしろ、彼の人生の中で、恨みを抱く者はこれ以前に関係した者の割合が高かった。

捜査陣は、井上が松越百貨店に入社してからの足跡をたどった。そして、その時々の井上の周囲にいた全ての人間が捜査の対象となった。

井上は、入社時が横浜店、次が本社商品部、次が千葉店、そして池袋店だった。この間に井上と知り合いになったと考えられる実に二千五百三十七人が事情聴取を受けた。しかし、全員が白だった。

その聴取が終了した頃には再び年が明け、花見の季節がやって来ていた。事件の発生からついに二年が経過しようとしていた。

一年十ヵ月の交際期間を終えて、達郎と美里の二人は、四月の十日の美里の誕生日に入籍した。達郎が二度目の結婚だったので、披露宴は先延ばしにして、とりあえず籍のみを入れた。

こうして、達郎の年の離れた妻との二度目の結婚生活が始まった。

一方、捜査は完全に暗礁に乗り上げていた。大東警部は頭を抱え切っていた。どいつもこいつも井上に恨みを持つようなやつがいなかった。まいったなあ……だめかなあ……大東は犯人逮捕を諦めかけていた。

捜査が息詰まるともう一度犯行現場に行ってみたくなるものだが、大東もまた例外ではなかった。この二年間、井上のマンションには何度も足を運んでいた。

大東は再び金沢市城南町三丁目のマンションに入った。階段の犯行現場をざっと観察した後、井上の部屋に入った。この部屋は井上が生前購入していたものだった。それを相続したアメリカに在住している一人息子は、部屋の中を事件当時のままの状態にしていた。

玄関脇はダイニング。隣はテレビがかけっぱなしで、コーヒーカップが一つと灰皿が置かれていた和室。次の部屋は、リビングルーム。大東は念入りに部屋を見渡した。サイドボードの上には真っ赤な花瓶があった。

当然、この花瓶からも指紋を取ったが、井上ともう一人交際のあったと思われる女性の指紋しか出て来なかった。大東は、この女性が何らかの手がかりを持っているような気もしたが、残念ながら、井上の人間関係の中から特定できる人物は出て来なかった。

大東は花瓶を持ち上げて検分した。底には、『90,10,10,S+I』とアルファベッドが刻まれていた。それは、日付と井上信之輔のイニシャルだった。

捜査本部ではわざわざ花瓶に刻印するほどの記念日である以上、一九九〇年十月十日の彼の足跡を調べたが、特に変わったことは見い出されなかった。