3人、4人は同じようなもの。

とにかくうるさいし部屋が散らかる。就寝時など毎日が就学旅行のような騒ぎになる。おやつや、おもちゃの取り合いから、テレビのチャンネル争い、誰がママの横に寝るかなど、どこかで誰かがけんかしてるし泣いている。

5人以上は私にはあずかり知らない世界だが、ぐちゃぐちゃさが増すだけだろう。

以前私が「犬を飼うくらいなら、5人目を産んだ方が楽だな」と話したら、その場にいた友人みんな固まっていた。

物理的、金銭的にも子供が多いと大変ではあるが、なんといっても精神的にキツイのは、一人目を育てている時だ。私が一番大変だったのは上の娘二人がまだ未就園児だった頃。

「5日も便通がないんです」「お腹を叩いてしまったけど内臓破裂してたらどうしよう」。当時私はまだ車を運転していなかったので、タクシーを呼んでは二人を抱えるようにして病院に駆け込んでいた。

それくらい、新米ママにとって赤ちゃんを育てることは大変だ。

とにかく子育ての何から何までが心配でならない。そしてそれは内容こそ変わっていくが幼稚園、小中高、大学、就職、結婚と、尽きることなく続いていく。あとはどこまでこちらの身が持つか。

だいたいの人は、途中でいい加減にアホらしくなって心配するのを止めていく。そしてシフトチェンジ。「もう子育て飽きた。老後のお楽しみ、他に探そっと!」ということになる。

子離れは第2の人生の幕開けでもある。そこで止め時を逃してしまうと大変だ。無間地獄が待っている。

子供部屋にはもう子供じゃない「おじさん」「おばさん」が住み、おばあさんになったママをこき使う。炊事、洗濯、送り迎え、いつまでもやり続ける終わりの見えない長いトンネル。

家にいる限り子どもはいつまでも「子ども」でいることを望み主張する。でもそれは勘弁だ。

暗中模索は期限付きにしたい。

暗中模索あんちゅうもさく 何の手がかりもなく探し回ること

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『ママ、遺書かきました』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。