ウジェーヌ・ドラクロワ

「海が好きなんですね。今、描いてらっしゃるのは二枚とも海の絵だわ」

「僕はパリ生まれだけど、四歳のときからノルマンディーのル・アーヴルで育ったんだ。海は身近だったよ。でも、その魅力はある人に教わるまで気づかなかった」

「ある人?」

「ル・アーヴルで出会った、当時三十歳くらいだった画家でね、ウジェーヌ・ブーダンっていうんだ。そのころ僕はまだ十六で、うまく描けるからっていい気になって、カリカチュア(風刺画)ばっかり描いて小遣い稼ぎしてた。

そんな僕に、海辺にキャンバスを持ち出して描くことを教えてくれたんだよ。

『君なら、ここを渡る風さえ描けるだろう』なんて言うんだ。

風を描くって、そりゃ驚いたなぁ。でも、そうやって外で描くうち、光や波を描くのが面白くてたまらなくなった。その時、その場にいた僕にしか描けない光と波、そして風さ」

熱心に話すモネの横顔が眩しかった。

「あの人がいなかったら、油絵なんて描かなかったかもしれないな」

あの表情豊かな海景画を描くこの人が、もし今もモノクロのカリカチュアを次から次へと描き続けていたとしたら……。カミーユには想像できなかった。

「あなたこそ油絵を描くべきだと、きっと神様が引き合わせてくださったんです」

そうとしか思えなかったから素直に口にしてしまった。

モネは一瞬、大きく目を見開いてカミーユを見つめると口元を綻ばせた。

「神様か……」

「はい」

モネは、温かな笑顔でカミーユを見詰めた。少し生意気なことを言ってしまったかしらとカミーユはドキドキした。