初めての対決

九月十四日李社長が来日し、佐藤は、鴻池、伊藤と共に面会した。

設備投資に関して、目論見書が準備されてはいたが、急いで無理矢理部下に作らせたのを窺わせるかのように李は十分な説明も出来ず、事実不十分なもので、現在販売している塗料や、溶剤の今後の予想出荷量は分かるが、設備の導入によって、どの程度コスト低減と新規市場の開拓が出来るのか、利益計画についても記載がなかった。

佐藤は、

「少なくともこの設備によって得られる向こう五年間の売上高、売上利益、営業利益を摑めないし、借入金の返済計画もはっきりしていない。改めて目論見書を準備して下さい」

と言った。ところが、李は、

「中小企業銀行の融資申込み期限が七月末のところ八月末まで延ばしており、これ以上延ばせないので業者に発注し、すでに着工している」

と驚くような発言をした。佐藤は、大株主である当社の了解も、理事会の承認も得ないで発注しているとは予想すら出来なかった。佐藤は、気色ばんで、

「本件は、理事会の承認を得ておりません。したがって、工事を中止し、直ちに解約していただくようお願いします」

「解約するには、多額の解約金が必要になるし、融資の関係上も無理です。なお、当初の事業計画を縮小するつもりだったが、今回どうしても縮小出来ず追加資金四億五千万ウォンは、短期借り入れを考えており、建屋を担保に利率一〇%で中小企業銀行の追加融資を受けるつもりです」

「我々は、事業計画そのものが不安で、慎重に検討する必要があり、目論見書が出たら、担当責任者を派遣し、調査したいと考えていました」

「倉本前社長から常日頃新しい仕事をしなければ駄目だと言われており、前回五月六日の理事会でも基本的に前社長の了解を得ていました。このままでは、ジリ貧になってしまう。事実特殊塗料も、鉄鋼、自動車向け塗料も先行き見通しが厳しく、新しい仕事をやらなければ、明日のKDPはない」鴻池が、「前社長は、これ以上の投資には慎重で、見直しを求めたはずです」

と口を挟んだ。佐藤は、李の言い分には一応理解を示しながらも、全く李の独断専行であるが、すでに発注しキャンセル出来ないとなれば、今後どうすれば良いのか結論が出なかった。

「いずれにせよ、しっかりした目論見書を準備して下さい。いただいた設備図面、業者との契約書については、当社でも確認させていただきます」

李は、佐藤から、伊藤名義の預金について、再度預金通帳の引き渡しを求められたので、

「預金は、全額引き出し、DPへの送金のため使用した」

と説明し、

「送金に流用しなければ、DPが困ったでしょう」

と開き直った。