その日の夜、達郎は伊藤千絵に電話をかけた。これまで、千絵は夫の達郎に、智子に関する詳細をあかさなかった。生前の智子との友情を頑なに守っているような気がしてならなかった。だから、事の真相を単刀直入に尋ねたら、千絵の余計に防御が堅くなると推測した達郎は、質問の仕方に配慮した。

つまり、シンノスケや店長、果てはデパートなどというキーワードを知らない振りをしようと思った。

「あのー、今、智子のアルバムを見ていたら、伊藤さんがよく写っているので、ついつい智子の思い出話でも聞こうかと思って、お電話しました……」

「……ああ、そうですか」

千絵の声は、弾んでも、沈んでもいなかった。

「伊藤さんが、智子と最後に会ったのは、いつ頃でしたか」

「お正月に、いっしょに初詣にいきましたよ。ご主人が大阪に帰られた後、一月七日だったと思いますけど。三が日に初詣に行こうと言っても、ご主人が付き合ってくれなかった、と言っていました。智ちゃん、淋しかったんじゃないですか……」

千絵はいきなり嫌味を言ってきた。確かに、初詣には誘われたが、三が日の川崎大師に行くなんて、その混雑と雑踏を考えてみただけでも、達郎はうんざりして、智子の申し出を拒絶していた。

だが、そのことに関して、千絵に何だかんだと言われる筋合いはない。淋しかったんじゃないですか、などとよくも平気で言えるものだ。智子が浮気していたことを千絵は知っていたくせに……そう思うと、達郎は千絵に対して腹が立った。

同時にこの分では、智子の秘密をあかすことはありえない、と思った。付属の中学時代からの付き合いである二人の女の友情は、堅そうだった。そこで、達郎は、「やっぱり、智子は淋しがっていたんでしょうか」と謙虚な男を装って、誘導した。

「とても、淋しがってたわ。だから、色々な所に旅行したりしていたのよ。最近では、一人旅にも出ていたみたいで……金沢も、本当は一人で行っていたみたいよ。ただ、一人で行くって言うと、お母さんが心配するから、お友だちと行くと言っていたみたいだけど……」

ということは、智子は金沢には一人で行っていたのか……シンノスケというどこかのデパートの店長といっしょではなかったのか……真実を知りながら、千絵はとぼけているのだろうか……

いずれにしても達郎が知りたいのは、智子がよく買物をしていたその店長というのがどこのデパートにいる者か、ということだったので、「部屋を整理していると、色々な物が出てくるんですけど、最近あっちこっちで買物ばかりしていたみたいだけど、伊藤さんもよくいっしょに付き合ったりしたんでしょうねえ……」と買物について、話を向けてみた。

「ええ、たまにはお付き合いしましたよ」

あっさりと、千絵の答が返ってきた。

「いつも、どこで買物してたんでしょうかねえ……」

「そうねえ、銀座が多かったわ。智ちゃんも私も会社から銀座が近いし……」

ち、違うんだよ、俺がききたいのは、町の名前ではなく、デパートの名前なんだよ、と思いながら、尚もしつこく尋ねた。

「何だかブランド品がいっぱいあるんだけど、どんな店で買ってたのかなあ……」

「うーん、専門店やデパートじゃない」

「智子は最近どんなデパートに行ってたのかなあ……」

「色々な所に行ってたんじゃない」

千絵がとぼけた。

「たとえば、どこ」

この時、すこし間があった。千絵はこれ以上、デパートに関しては発言しないかな、と思った。が、「丸屋や、竹坂屋、梅屋、西急、それから南武なんかじゃないかしら……」とすらすらと並べ立てた。

だが、一番通っていた決定的な百貨店の名前は語らなかった。だが、一応達郎は、千絵が列挙した百貨店の名前をメモした。達郎は、これ以上話をしても無駄だと思い、その後適当に言葉をやり取りして、電話を切った。