事故に遭った妻は…

千絵は、達郎が具体的な百貨店名を尋ねた時、一瞬、間を置いた。やはり、千絵は知っている。敵もさるものだ、一つの百貨店ではなく、いくつかの名前を挙げてきた。こっちを撹乱させるつもりのようだ。丸屋、竹坂屋、梅屋、西急、南武、この中にある。達郎はこの五つの百貨店を反復しながら、就寝の準備をした。

明日は、朝七時の飛行機で大阪に行かなければならない。この便を利用すれば、梅田には、九時過ぎに到着することができ、九時半の始業時間には十分間に合うのだった。

朝七時の便のジャンボ機は、ほとんど空席でがらがらだった。航空会社は、満席に程遠い状態であっても、ジャンボ機を飛ばしていた。それは、大阪に着いた後、次の地へ向けて、大勢の客を輸送するためで、機体のやり繰り上、仕方のないことだった。その意味で、早朝の東京・大阪便は、回送を兼ねた運航といえた。

達郎は、座席を指定された通路側ではなく、窓際に移した。滑走を始めた飛行機が爆音と共に離陸し、水平飛行に移った後、達郎はテーブルを下ろした。そして、智子にまつわるこれまでのキーワードを整理した。細かくメモ帳に記入したのだ。

☆智子は金沢で死んだ。

☆智子は、友だちといっしょに金沢に旅行すると言っていたが、いっしょに金沢に同行していた者が名乗らず、今だに誰なのかわからない。千絵の話によると、智子は実際には一人で金沢に行った。

☆死ぬ直前にシンノスケ、テンチョウという二つの言葉をうわごとで言っていた。

☆智子は誰かにだいぶ惚れていた。

☆買物は、店長のいるデパートだった。

☆丸屋、竹坂屋、梅屋、西急、南武、この五つの百貨店に店長がいる。

この条件を元に、達郎は一つの推測を立てた。

『智子は、丸屋、竹坂屋、梅屋、西急、南武のいずれかの百貨店の、これまた本店か支店のいずれかの店の店長をしているシンノスケという男にだいぶ惚れていた。最近、買物はもっぱらその店長がいる百貨店に行っていた。智子は、そのシンノスケという店長と金沢に旅行に行き、交通事故に遭い死んだ。この店長は、智子の浮気の相手であり、公の場に顔を出すことができず、したがって、通夜、告別式にも現われなかった』

「うーん……」

達郎は、自分の立てた推論に思わずうなった。ここにきて、ようやくまともなストーリーが描けてきた。達郎は、大阪に到着するまでに次の作戦を練った。