そこからは緩和治療にシフトし、コレステロールの薬を含め、予防、維持目的の薬はバッサリ中止しました。お好きなものを好きなだけとってもらい、のんびりと日常を過ごしてもらうことに治療方針を転換。

徐々に痩せ、腫瘍が見つかってから2か月目より腹水がたまり、眠りがちになります。

それでも訪問時には「大丈夫だよ。今日は痛くなかった」などとニコニコと人懐っこい笑顔で返してくれました。

紅葉が盛りになった10月に入ると、顔面は蒼白になり、やせが目立っていたにもかかわらず、亡くなる1週間前に久しぶりに自室から出てみんなと談笑されました。素敵な笑顔でした。衰弱したどこにそんなエネルギーがあったのか。

それから自室で起きることもままならず、ベッドからお布団に移りました。でも尋ねると「調子いいよ」と弱々しいけれども笑顔で答えてくれました。あちこちに紫斑が現れ、旅立ちのサインが見られます。

亡くなる3日前、いよいよ酸素濃度が低下し、両足の血の巡りが悪くなりました。それからずっと、ぐったりしていたのですが、この日は妙に意識がはっきりしました。

診察時に「息苦しいよ。腰から下がだるい」。さすれば「いいよ、ありがとう」と微笑まれ、そして「ようやくだ、ようやく」とニッコリされました。その先に何を言いたかったのか。

私はようやく逝ける、ようやく彼女に会える、と言いたかったに違いないと思いました。

かっこいいぞ、春爺。その日は娘さんたちとたくさんお話をされました。夜にもう一度お顔を見に行くと

「大丈夫だ。帰るよ。ありがとう」

とぎゅっと手を握ってくれました。春爺、ありがとう、かっこいいよ。

翌朝、静かに奥さんの元へ帰られました。今頃、奥さんとどうしているのか、今も愛嬌たっぷりの笑顔が目に浮かびます。

※本記事は、2021年1月刊行の書籍『安らぎのある終の住処づくりをめざして』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。