素敵な方ね

災害は忘れた頃にやってきます。入居翌年の7月、爽やかな暖かい日に孝介さんがいなくなりました。近くを探しても、どこにも見当たりません。ひょっとして自宅か?と職員が訪ねると、自宅の車庫でへばった孝介さんを見つけました。

連れ戻された孝介さんに事情を聞くと「いや、タバコを吸いに家に帰ったんだけどね、動けなくなったんです」と。車庫に隠しておいたタバコを吸いに、5kmの道のりをご自宅へ戻られたのです。よく、ご自宅への道を覚えていたものです。車庫で一服したものの、胸が苦しくなり、うずくまっている所を発見されました。

「孝介さん、孝介さんは心臓の血管が狭くって、太い動脈もコブになって手術までしているんです。もう無理しないでくださいね」と話すと「はい、わかりました」と返してくれました。

戻った孝介さん、涙を浮かべたレイさんに散々叱られちゃいましたが、この時ばかりはシュンとして聞いていました。これ以降、離設されることはなくなりました。

お二人の非常に少ない所持品の中に古いアルバムが一冊含まれていました。訪問診療を始めて1年経ち、お互いに馴染んだ頃、無造作にテレビの下に放置されていたアルバムに気づき、見せてもらいました。それはお二人の馴れ初めから、結婚式、そして新婚生活を写した輝かしい白黒写真集でした。

もう、開けてびっくり! そこにはモデルのような美男、美女が写っていて、お二人ともまるで映画から抜け出てきたように、ファッショナブルな装いです。

孝介さんのおしゃれなスーツをパリッと着こなし、函館の路面電車と共に写った写真、バイクにまたがりポーズをとった写真は映画「ローマの休日」のグレゴリーペックみたい。スカーフをつけ、海岸でポーズをとるレイさんはオードリーヘップバーンを彷彿とさせました。お二人の青春時代の様子が写真から手に取るように蘇ります。おそらく、お二人は当時の伝統から大きく外れた自由奔放な生き方をされてきたのじゃないでしょうか。

「孝介さん、この写真、すっごいね! もしかして、モボとかモガって言われたんじゃない?」(モダンボーイ、モダンガールの略称。1920年代に流行したファッショナブルな若者達)。

孝介さん「いや、大したもんじゃないです。モガとかモボとか、少し気取りましたねぇ」。

レイさん「それが今はこんなですのよ、ジジとババです、先生。年は取りたくないですよ」とみんなで大笑い。

お二人とも認知症になられても持参されたアルバムです。お二人の原点を忘れないように、ひょっとしたら一番大事な持参品だったのかもしれません。ご高齢者の若い頃を知ると急に親近感がわきます。入居後の2年間はお二人にとって、元気を回復した良い時間でした。特にレイさんの認知症の回復には驚かされ、ご夫婦で一緒にいることや他人との社交の大切さを実感しました。