そのうち少しずつ、歩行が困難となり、広い美しが丘住宅での入居が不適当になりました。96歳になられた時に付属の認知症グループホームに転居していただきました。

比較的元気な頃にサービス付き高齢者住宅にご入居の方でも歳を重ねれば、大なり小なり認知力が怪しくなってきます。介護度も上がっていき、85歳以上で40%の方が、90歳以上では60%の方が重症度の差こそあれ、認知症になります。

その現実を考えると、当グループに認知症グループホームがあったのは幸いでした。活動範囲が落ちて、人とのアットホームな交流が大事になる認知症に陥った場合にはより小規模で、手当の厚いグループホームのほうが落ち着くことは多いです。

グループホームに転居された春爺さん、環境の変化についていけないのではないか心配しました。

最初の訪問時、「大丈夫?」と問うと「大丈夫だ」とニッコリ。

「誰だかわかる?」

「わかるよ。鈴木先生だ」

と答えてくれホッとしました。グループホームには若い女性のワーカーさんも多く、すぐに居心地はよくなったようです。

また、同世代の入居者さんとも仲よくなられ、たちまち人気者になりました。認知症は女性の方が多いので、遊び上手だったろう春爺さんですから、さすがです。

可笑しいのはグループホーム転居後も、夜勤の職員が女性だと「一緒に寝るべ」と誘いに来るのですが、男性だと顔さえ見せることなく熟睡されたことです。

全く現金なんだから。楽しい思い出です。

転居後3か月目くらいから、なんだか様子が少しずつおかしくなりました。どことなく活気が薄れていったのです。部屋からも出てこなくなりました。

通常は超高齢者、認知症の方に予防を兼ねたまめな検査はしません。久しぶりに検査をするとタンパク質が減り、貧血が少し出ていました。

それでも問えば「大丈夫だ」と言います。でも大丈夫ではなく、いつになく食欲は落ち、半月で2キロも体重が減りました。眠気も強くなり、過活動を抑える効果のあるメマリー(認知症の薬)を止めました。

炎症反応も少し上がり、念のために胸の写真を撮影すると右に胸水と一部つぶれた肺が出現し、肺炎になっていました。高齢者の肺炎は熱もなく、元気がなくなることが唯一の症状だったりします。早速抗生剤の点滴を連日行いました。

しかし、一向に改善しません。もしかして結核か? 超高齢者にはしばしば若い頃に患った結核が再度悪さをしてくることがあります。

痰を調べようとしましたが、全く出ません。やむなく胃液を回収して結核菌培養をすることにしました。

そして胃カメラをしたところ、なんと、胃全体を占拠する巨大な悪性腫瘍が!

細いカメラでも視野が取れないほどの巨大なものでした。何で症状ないのっ? と驚きでした。幸い抗生剤が右の肺に効いたのか、炎症反応が下がり、少し元気を取り戻しました。