スシポリス


「スシポリス」をご存知だろうか。日本食レストランと謳っていながら日本食とは思えない食事を出す店が氾濫することへの批判に応えるために日本の農林水産省が主導して「優良日本食レストラン」を認定する制度だそうである。


レンヌ市には日本食レストランが五軒ある(二〇〇七年当時)。「藤」「さくら」「あおやき」「バラスシ」「みずな」である。


この中で晴れて認定された(うわさだけで確かめていない)のが「藤」だ。「藤」は日本人が調理しているようで、寿司、刺身、
てんぷら、やきとりなどのメニューがあり、味もまあまあである。


だが値段が高く、サービスもあまりよいとは言えない。


もっともサービスがよくないというのは、日本人が行って「ねえ、お茶漬けない?」「うどんが食べたいのだけど」とメニューにないものを頼んでもそっけなく「出来ません」と断られてしまうということなのであるが……。


先日は会社のフランス人と日本人が食べに行って、翌日二人とも腹痛でまいったと言っていた。どうもマグロの刺身が新鮮でなかったようだ。


以前に会社のクリスマスパーティで寿司と唐揚げを調達したという話を書いたが、それがこの店である。あまりの値段の高さに「これなら来年は私がつくる!」と憤ったのが日本人秘書であった。


最も新しく出来た店が「みずな」だ。日本人女性が調理し、フランス人のだんなさんが給仕係という二人だけのこぢんまりした店である。


寿司や刺身はもちろんあるが、豚の角煮など庶民的で日本人に合う味付けの店で値段もそこそこで良いのだが、いかんせんメニューの種類が少ない。でもフランス人にも人気があって特に週末は予約がないと入れないほどだ。


他の三軒は日本人ではなく中国人や韓国人がやっている店だ。だから日本人からするとオヤッと思うようなものが出てくる。「バラスシ」は回転寿司。日本のようにコンベヤーが回るのではなく、カウンターに敷かれたレールの上をおもちゃの機関車が貨車を引いて走るというものである。


その貨車に寿司が載っていて、客が好みのものを取って食べるという仕組みだ。皿を取り損なうと脱線して“おやおや”となってし
まう。


オーナーは「さくら」を経営していた韓国人で、それを中国人に譲ってこの回転寿司の店を開いたという。この機関車の回転寿司、なかなか工夫されているが、日本人にすると食べるものがないのだ。まぐろ、エビ、かっぱ巻などはあるが、それらを食べてしまうと他のものは回ってきても手を出すのに躊躇してしまう。


アボカド巻やイチゴやキウイが乗ったちらし寿司などはちょっと手を伸ばす気が起きない。日本食レストランがあるのは貴重だけど、う〜ん?! もう一度来る気はしない。


「さくら」や「あおやき」も寿司、刺身、てんぷらなどあるが、にぎりが大きすぎたり、天つゆの味が微妙に違っていたりと、積極的に食べに行く気にはならない。


「スシポリス」が「優良日本食レストラン」を認定してくれるというのは、日本食もどきレストランの料理をより日本の味に近づけさせるきっかけになるという意味で日本人駐在員にとっては良い制度のように思える。


ところで、先日日本へ出張に行ったフランス人二人が帰ってきたので「日本はどうだった? 寿司、てんぷら、何がうまかった?」と聞いたところ二人が口を揃えて「シャブシャブがうまかった」というのである。


確かにフランスにはあのように芸術的なまでに薄く切った肉などないし、あれほど柔らかい肉も見当たらない。うまいと思った
のも当然だろう。


余談だが、二人は群馬県にある工場に研修に行ったのだった。工場の近くのホテルに泊まった十日ほどの間、毎夜フィリピンパブなどに繰り出したそうである。女の子が隣に座ってお酒を作ってくれ、おしゃべりするというスタイルはフランスにはなく、あるとすれば本格的な? 悪所場だけだという。


フランス人にとっては珍しかったらしく、日本式を大いに楽しんだようだ。


さて「スシポリス」だが賛否両論あるようだ。こんなまがいものの日本食レストランが氾濫していては日本の食文化が誤って伝えられるので、この際きちんと「政府のお墨付き」を与えることで文化を守ろうというのが賛成派の主旨だと思う。


一方反対派はそもそも純粋な日本食などあるのだろうかと疑問を呈する。遠くは大陸からの影響は無視できないだろうし、近代でもラーメン、カレーライスやカツ丼など多くの日本人が好む食事は中国、インドや西洋の料理を日本人に合うように工夫、習合させて受け入れて定着したものではなかったか。

食文化はそのように柔軟であるべきもので、純粋性を追求することが食文化を豊かにするとは限らない、まして役人がお墨付きなど与えるべきではないということのようだ。


私としては「スシポリス」反対派と言いたいところだが、先ほど記したように実際に日本食もどきを食べさせられると「う〜ん、待てよ、これを日本食と呼んでいいのだろうか」という気がしてしまうのも事実である。


フランスにもファーストフードのマクドナルド、ケバブはたいていの都市にはあるし、イタリアンレストラン、チャイニーズレストランはもちろん、レンヌ市内にはインド料理店、韓国料理店もある。皆、そうした料理店であることを名乗っているが果たして純粋なイタリア料理や中華料理なのだろうか。正直よくわからない。


でもイタリアや中国の政府が正式な料理として認定するなどという話は聞いたことがない。


ちなみに、先にあげた五軒の日本食レストランの寿司にはどれもわさびが入っていない。いわば日本での子供向けのさび抜き寿司で、皿のすみにわさびが置いてあり、好きな人だけがしょうゆ皿に混ぜてそれに寿司をつけて食べるという方式である。


どうもフランス人にはこのわさびがダメな人が多いという理由のようだ。


やはり食文化はその国に合ったやりかたで自然と吸収され、発展してしかるべきで、純粋さを追求すべきではないように思える。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。