通りの名前


フランスの住所は日本の住所のように○○町××番地ではなく、通りの名前と番地で表示される。番地は通りをはさんで一方が奇数とするともう片方が偶数になっていて、それも番号順に並んでいる。


従って地図を見ると住所表示は通りの名前と番地である。通りの名前さえわかれば容易に行く先を探すことができる。


パリのような大都市の地図には後ろ半分のボリュームが通りの名前によって検索ができるようにアルファベット順に通りの名前が並んでいる索引欄になっている。


私の住むアパートの住所は14 Rue Raoul Ponchon, 35000 Rennes だが、Rennesは市の名前、35000は郵便番号、そしてRue(リュー)は通りという意味の普通名詞なので“レンヌ市ラウル・ポンション通り十四番地”ということになる。


この「通り」には他にBouleverd(ブールヴァール)、Avenue(アヴェニュー)などがあり、それらはRueよりも大きな通りに使われるようだ。


14という番地を表す数字は建物ごとにではなく入り口ごとに付けられているようである。


私のアパートには14番地のほかに12番地がある。同じ建物なのに番地が異なるのは入り口が違うからだ。つまり私の部屋には14番地の入り口から入れないのだ。この入り口から入ることのできる部屋は私の部屋を含めて十軒。五階建てなので各階二部屋ずつである。


ということはこの十軒はすべて同じ住所表示だ。日本のように○○号室という表示はない。ではどう区別されるかというと、郵便物はすべてアパートの入り口にある各戸ごとの郵便受けに入れられるのだ。郵便受けには名前が書かれているので、たとえ同じ住所でも宛名で区別ができる。よって号室の表示は必要ないのである。


日本のようにアパートの各部屋が直接通りに面しているようなことがない。各部屋に入る前には必ず集合の玄関を通る必要があるからで、これはセキュリティーの観点からだと思う。


その点、昨今悪化したとはいえ日本の治安はまだまだ良いと言えそうだ。訪問者は入り口の壁にあるボタンの中からMinegishi”を選んで押せば、私の部屋のインターフォンにつながり、私がそれに応えて集合の入り口のロックを解除して始めて私の部屋のドアの前まで来られるという仕組みになっている。


もちろんアパートでなく一戸建の場合は一番地が一軒である。


ところで通りの名前Raoul Ponchon(ラウル・ポンション)とは何だろうか。実は人の名前なのである。なぜ人の名前とわかったかというと、建物の壁などに付けられた通り表示からだ。日本では電柱などに住所表示のプレートが付けられている。


前橋14という番地を表す数字は建物ごとにではなく入り口ごとに付けられているようで市では“紅雲町○○番地”などのように。フランスではRue Raoul Ponchonという通り名の下にPOETE(1848-1937)と書かれている。


つまりRaoul Ponchonという詩人が一八四八に生まれ一九三七に没したと記されているのである。


あるとき散歩していてこの通り表示に気づいて以来、よくよくながめてみると多くの通りに個人名が付けられている。Rue de Paris(パリ通り)、 Rue de Saint-Malo(サン・マロ通り)など人の名前でない通りもあるが、全体では圧倒的に人の名を冠した通りが多い。


建築家、将軍、市長、知事、哲学者、歴史家、篤志家、詩人などさまざまな職業が記されている。ほとんどが私の知らない名前であるが、中にはRue VictolHugo (ヴィクトル・ユゴー通り)、Rue Honoré de Balzac(バルザック通り) Rue Baudelaire(ボードレール通り)、Boulevard Jeanne d’Arc(ジャンヌ・ダルク通り)など私でも知っている有名な人の名前もある。


「するとこの通りにはユゴーやボードレールが住んでいたのか、どの家かなあ」と思いをはせるのであったが、ある時会社のフランス人にこの話をしたところ「通りの名前とその作家にゆかりがあるかどうかは関係ないと思うよ」というコメントが返ってきた。


ちなみにレンヌ市の観光課に行って「この通りには“ヴィクトル・ユゴー通り”と名前が付けられていますが、ユゴーが住んでいたのですか?」と聞いてみた。


答えは「よく知りません。ユゴーは住んでいなかったけれど、たぶん愛人が住んでいてユゴーがそこに通っていたのではないかしら」というあやふやものだった。


観光課の課長に会う機会があったので同じ質問をしてみると、彼女は「全く関係ないと思います」と明快な答え。つまりこの国民的な作家にあやかって通りの名前にしたようである。


会社の人事部のマチューによると「ヴィクトル・ユゴー通りはフランス中に何十、何百とあるのではないかな」とのことだ。


「私のアパートの住所はRue Raoul Ponchon(ラウル・ポンション通り)だけどこのラウル・ポンションという詩人を知っている?」と何人かのフランス人に聞いてみたが「う〜ん、知らないなあ」という答え。


「そうかあまり有名ではないのか」とすこしがっかり。日本では個人名をつけた町名や住居表示などはまずないのではと思う。夏目漱石町、宮沢賢治村などというのは聞いたことがない。


通りに個人名を冠するのはフランス人に個人崇拝が強いことの表れのように思うがどうだろう。

※本記事は、2018年10月刊行の書籍『ブルターニュ残照』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。