進路編~義務教育から羽ばたく子どもにできること~

ここで進路に関する私自身の話をさせてください。

私は小学校の時からそんなに勉強ができる方ではなく、中学に入学しても、勉強を真面目にせず、テスト週間は遊ぶ週間だと思っていました。しかし、

「このまま何事にも一生懸命取り組まずに、自分は人生を終えていくのだろうか。きっと教師になりたいという夢も叶えられない。だとしたら自分はなんのためにこの世に生まれてきたのだろう……」

と真剣に考え、中学2年生の夏休みから教師になるという夢に向かって本格的に勉強に取り組みはじめました。

とはいっても1年生の学習をさぼっていたため、基礎が定着しておらず苦労しました。今でも忘れませんが、恥ずかしい思いを抱えつつ、本屋で中学1年生向けのワークを買いに行って、学び直したことを鮮明に覚えています(人間いつだって変わることができるし、手遅れだということはありません。私はそのことを中学生に伝えたい)。

そこから自分なりにがんばって勉強し、大きく通知表の評定をあげたのですが、第一希望の高校の推薦入試で、私は不合格でした。

「お前はこの学校には必要ない」と突き付けられたような気持ちでした。その高校には結局一般入試で受験し、合格したのですが、自分はこの学校にとっていらない生徒という思いが抜けきらず、高校1年生のスタートにあまりよい思い出はありません。

しかし全てのことには意味があるとはよく言ったものです。私はその後、高校でほとんどオール5の成績をとり、大学へは推薦入試で合格しました。

大学で4年間学び、教員採用試験は中学社会で受験したのですが、東京都も愛知県も合格を勝ち取ることができました。もし中学から高校の受験も、推薦入試で合格していたら、私は失敗した人の気持ちがわからない、人を見下す人間になっていたのかもしれません。

「受験不合格」は教師という夢を叶えるうえで、必要な経験だったのです。今では、第一希望の高校に合格しなかった子に寄り添い、気持ちを理解し、心から励ますことができます。

だからこそ、私は目の前の子どもたちに言いたい。

「君が悩んで悩んで決めた進路に絶対に間違いはない。もし試験に落ちて、自分の望む学校に行くことができなかったとしても、決まった進路は、一番君に合った進路なんだよ」

と。そして、

「そう思えるような生き方をしていくんだよ」と。

人の価値は学歴では決まらないのですから。人には、それぞれにこの世で果たす「使命」があるといわれます。

「使命」とは、「命を使う」と書きます。自分の人生、何に命をかけるのか、それを考えるサポートをしたいと、私は思っています。

子どもが自分の生き方を考え、社会へ大きく羽ばたいていくための進路学習を、あなたは具体的にどのように取り組みますか。