エリザベスのこの感想について宗像は衝撃を受けた。これは、昔、自分を見捨てた母親に対する、言い訳無用の憤りということなのだろうか?

しかし多くの女性にとっては、たとえごく普通の関係だったとしても、ある年齢になると、母と娘との関係は身近にいる同性の最大のライバルだと言う人もいるくらいである。

いったん、その美しさに耽溺してしまえば最後、冷静な客観性など失われてしまうのが、女性に対する男の感情というものだろう。男の側からは決して見取ることのできない女性特有の感覚がこのようなことなのか?

コジモ・エステは、エリザベスと宗像とのやりとりを、例の二つの目をいったん大きく見開き、瞬きを繰り返した後、徐々に細めながらじっと静かに聞いていた。

絵の中に描かれたアンナの顔と、その前に佇むエリザベスの横顔とを見比べ、奥深い眼窩の中心で青色の瞳を光らせ、わずかな動きだが何度も頷いていた。

ギャラリー・エステを出ると夜十一時を回っていた。フィレンツェのような歴史都市の夜は、オレンジ色の光を投げかける街灯も疎らでかなり暗い。

ベンチ通りを右折し、グラツィエ橋を渡り、アルノ川に沿って西行し、グイッチャルディーニ通りを直進するとポルタ・ロマーナ広場である。

エリザベスはハンドルを固く握り締め、ホテルに着くまで沈黙を押し通していた。宿はコジモの指示で予約されていた。アルノ川の南岸、ボボリーノの森の中にあるかつての貴族の館グランドホテル・ヴィラ・コーラだった。

車寄せにメルセデスを横付けしたエリザベスは、「今晩は一人にさせて」と言葉少なに語り、チェックインすると、すぐ自分の部屋に閉じ込もってしまった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。