謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
阿佐見昭彦氏の小説『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋。コジモは左側の壁の隅にある一枚の扉を指すと、自ら先にたって扉を開き、エリザベスと宗像を内部へ招き入れた。そこはコジモ個人の展示室でーー。
邂逅─緋色を背景にする女の肖像
「これでは残すところリスボンへ行くしかなさそうです。ここはこのくらいにしましょう」
「ええ、そうしましょう。コジモ・エステさん、長い話をお聞かせいただきました。おそらく、またあらためてお会いすることになるでしょう。私にとっては、このようにお聞きしてもいまだ全てが明らかになったとは思われません。今後なんらかの方法でさらに詳細を確認しなければならないと思っています」
コジモ・エステはエリザベスの顔を見ながら何度も眉を上下させ、必死になって最後の言い訳をした。
「いえ、いえ、お嬢さま。何もお構いできませんでした。ただ、ただ、ひとつ、誤解なさらぬように! 私は私利私欲のために〝あれ〟を、お膳立てしたわけではありません。
先ずもって、私が初めてフェラーラの才能を認めたことを、どうぞお忘れにならないように。それに、私財を提供してお世話もした。もし〝あれ〟がなければ、たとえ数年だったとはいえ、フェラーラの評価もあり得なかったのです。もちろん、私の会社も存続したかどうか?私だっていまごろになってこんなことを表に出されたら困るのですよ。全てが無に帰してしまう」
「もうその話は終わりにしましょう。まだ全てが明らかになっているわけではありませんが、今日のところはこれでおいとまさせて頂きますわ」
最後まで弁解に終始するコジモに対し、エリザベスは身体の芯から湧き起こる憤りをじっと抑えた。
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商