私たちは薬の内服を朝のみの一回にまとめましたが、それでも確実には飲んでもらえませんでした。また、診察中に下着が尿で湿っていることに気づくことがよくあり、奥さんにそれを伝えるのですが、そっけない反応が返ってくることがほとんどでした。

初診から約二週間後に痰をつまらせたようで、一時的な低酸素状態が出現し、私たちは在宅酸素療法(HOT:home oxygen therapy)の導入を提案しました。HOT用の機器を家に搬入する必要があるのですが、当然了解が得られると思っている私たちに対して、奥さんや娘さんは「そんな機器を使うくらいなら、入院させてもらえませんか」と言い、結局HOTの導入は保留となってしまいました。

いられるかぎり家にいたいというGさんの希望は変わらず、「家にいられるならデイサービスをもう一日増やしてもよい」とGさんは主張します。一方奥さんは、Gさんが夜中に冷蔵庫まで行こうとして歩行器をぶつけてガラスを割ってしまい、「片付けが本当に大変だった」と、それぞれが自分の都合を前面に出して互いに引き下がりません。

HOTの導入話をきっかけに、この家族の事情が現れはじめました。そうしている間にもGさんの病状は進み、初診から約一カ月後にはGさんはトイレに行けなくなりました。しかしGさんはおむつを拒否し、ベッドや床は排泄物で汚れてしまうようになりました。家族の負担を軽くするため、Gさんにおむつを着けるように頼んでも「病人の言うことは聞いてもらわんと……」と言って憚りません。

今度は娘さんが「何とか入院させられませんか」と言います。本人の意思を最優先するのが私たちのスタンスであり、本人を無視して入院させるわけにはいかないので、「とにかく家族でしっかり話し合ってください」と私たちは答えるしかありません。

その数日後、看病に疲弊した家族から「だましてでも入院させられないか」との発言がありました。それでもGさんは「入院しない!!」の一点張りです。Gさんと家族の間に入り、私たちは当惑するしかありません。そしてその翌日、それまで何とか正常に保たれていた血液の酸素飽和度が90パーセントを切り、低酸素血症が著明となりました。当然HOTはまだ導入されていません。

強制的なHOT導入をこちらが考えはじめた矢先でした。本人から「入院してもええから……」との発言があったのです。おそらく相当苦しかったに違いありません。今までさんざん振り回されたことも忘れて、自分の希望が結局かなえられなかったGさんを悲しく思いながら、病院への救急搬送の手配をしました。Gさんは、搬送から一〇日後に病院で旅立ちました。初診から約六週間のかかわりでした。