こうして賽は投げられ、計画が一気に動き始めました。リクライニング付き車椅子や介護タクシー、酸素ボンベの手配、休憩用の控え室の確保、付き添いをどうするのか……、タイムスケジュールは……、とスタッフにとってはうれしい仕事が進んでいきました。

痰がからんで咳き込んだり、下肢の筋力低下が進み部屋に座り込んでしまったり、起立時に一時的に低血圧になったり、とFさんを弱気にさせるようなエピソードがいくつか起こりましたが、そのたびにスタッフは「結婚式」を前面に出して、Fさんを励まし続けました。

結局、結婚式場となる神社は足元が悪く危険性を伴うため、Fさんは式には参加せず、披露宴会場でお孫さんと写真を撮影することがメインイベントとなりました。

そして大事をとって結婚式後は私たちのクリニックに一泊し、翌日帰宅する予定となりました。

やりとげた後の素晴らしい笑顔

こうしてとうとう、結婚式当日を迎えることができました。家族のほかにケアマネジャーや訪問看護師に付き添われ、Fさんはほぼ予定どおりにスケジュールをこなし、昼過ぎに無事入院しました。診察に来た主治医には

「披露宴に出られてよかった。でも少し疲れた」

と話しました。翌日は予定どおり退院し、退院時は素晴らしい笑顔を見せてくれました。しかしFさんが書いたシナリオにはさらに最終章が用意されていました。

退院時の笑顔、これが私たちに見せた最後の顔となったのです。退院したその日の深夜、奥さんから一本の電話がありました。

「呼吸が止まっています」と。

退院直後に自宅玄関でお孫さん夫妻と再会したFさんは大喜びし、その夜は奥さんの手を握り、「ありがとうな!」「ありがとうな!」と繰り返したそうです。

奥さんは「最期は眠るように息を引き取りました」と話し、私たちを労ってくれました。