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インドへ出発

「先生、やはりインドはカレーを食べるんでしょうか?」

「インドは英語なの?」

「インドは暑いんですか?」

次々に、子供たちは答えとも質問とも違う、自分たちのうろ覚えの事柄を述べ始めた。

「そうね、実は私も皆と同じくらいの知識よ。だからインドに決まったときは、どんな準備をしたらいいのか戸惑いました。そして調べてみると、日本とは随分生活が違うようなのです。先ず、食事、私は皆も知っているとおりの食いしん坊でしょう、何を主に食べるのかはとても大事なことです」

子供たちはとてもいい目をして、真剣に聞いていた。

「やっぱり、三食カレーらしいのよ。でもね、日本の人々は工夫して日本食を食べているようよ。だから私もお米、味噌、醤油、いっぱい持っていきます」

クラスは和やかな笑いに満ちた。

「そして、言葉はヒンドゥ語なんです。メーラ、ナームミサカタヤマへーイ」

勘の良い生徒が

「マイネームイズ〜のことでしょ?」

と上手く口を挟んでくれた。

「そうそう、似てるわね。ちょっと文法が日本語的かもね。へーイが日本語のデスに当たるようだわ」

「先生、すごい、もうしゃべれるんだ。へーイって可笑しいね」

「でもまだこれだけよ。幸いニューデリーの第二外国語は英語なの。昔イギリスの植民地だったこと、習ったでしょう」

「なんだ、そうか。でも英語はしゃべれるの? 先生」

「鋭いねえ、だめなのよ、だから中学校の英語の教科書持っていくわ。日常会話は今のあなたたちの英語力だって、しゃべろうとする気持ちで通じるのではないかしらね」

子供たちのまだまだ純粋な気持ちとこうして触れ合っていられるこの時が美沙には何物にも代えがたい貴重な時間に感じられた。

様々な会話の最後に美沙は、

「私がこうして教師をしているのは、小学生の時に読んだ、『赤毛のアン』という小説の主人公アン・シャーリーがやはり教師をしていたからなの。アンが幼なじみで医師になったギルバートと結婚して新しい土地で人々と触れ合い、子育てをして、人生を深く生きていく姿にとても感動したからなの。

その中でね、アンの結婚式に出席してほしい友人が、ご主人の仕事で日本に滞在中で故郷のカナダに帰ってこられないっていうのね。そしてその時、『かつてその友人はインドに行くかもしれないと言っていたのに、今は日本よ』とアンが言うの」

と、少し不確かな話であったが、美沙自身ここではっとしたことがあった。そして

「アメリカや、カナダの人から見れば、インドも日本も遠くの未知の国であることには変わりはないのだわね。だから私もきっとインドで元気で暮らせると思うわ」

と、結んだ。そして教え子の前でデリーへの道の第一歩を踏み出した。生徒たちに、特に女生徒には、この時の美沙の言葉はその後も深く印象に残ったようであった。