自宅アパートが見えてくる頃には、私の気持ちはすっかり固まっていた。真の渦を探しだそう、と心に決めていたのである。これは闘いなの。脳裏に彼女の声が響いた。

必ず闘いにお勝ちなさいよ。

頬の引き締まった厳格な表情と、少女のような無邪気な笑顔が交互に現れ、消えた。

老婆との邂逅以来、明らかに自分の中で何かが変わった。渦を発見したとき、それが自分にとってどういう種類の渦なのか、じっくりと見定めるようになったのである。だが、これぞ真の渦だと思えるものはなかなか見つからなかった。

そんなある日のこと。私は電車が行ってしまったばかりの閑散としたホームに佇んでいた。時間潰しに、ホームの壁に貼られた何枚かのポスターを眺める。

駅のお知らせやイベントの情報などを右端から順番に流していって、ある一枚で視線が止まった。

「福島に行こう!」

「go! go! 会津!」

そんな文字がでかでかと踊っていたが、問題はそれではない。ポスターの全面に大きく写しだされたある建造物に、私は目が釘付けになっていた。目を奪われた理由は、その全体の形である。

三階建ての塔のようだが、微妙な回転がかかっていて、ねじれながら積みあがっているように見える。

「何これ」

ポスターの下のほうに、小さく書かれた文字を見つけた。さざえ堂。一七九六年、建立。

「さざえ。なるほどね……」

私は唸った。確かに、サザエの形に似ていなくもない。お堂というからには、お寺的なものだろうか。入口に、小さな賽銭箱と丸く平べったい鐘が見える。庇になった屋根の下に、立派な木彫りの装飾が施されている。

さざえ堂から私は目が離せなかった。じっと眺めているうちに、じわじわと何かが兆してくる。なんだかよく分からなかったが、その何かは私の背筋をなめくじのように這いのぼってくるのだ。

気がつくと私は、ポスターの中に自分の姿を置いていた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『空虚成分』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。