若くして

若くして亡くなった とうさんの弟の子明美ちゃんを引き取り

十年以上も育てあげた かあさん

とうさんの弟の子を 長い間わが子のように

まして 私と同い年で 私たち二人の子供も複雑でした

でも それ以上に 舅姑の中

その子を育てるのは 並の努力ではできないことだったと

今やっとわかった

その子が小学生の時

青そこひの手術をした日

あぜ道をおんぶして歩いていたかあさん

あの時 私はほんの少しのやきもちを焼いていたのです

「美智子 おまえはどうしてかあさんの気持ちがわからないのだ」

「明美ちゃんは父さんも母さんもいないところでじっと我慢しているのだよ」

「おまえのはただのわがままだ よく考えてみ」

私は五十八歳で

私は五十八歳で立ち止まり これからの六十歳代をどう生きるか考えた

もう一度多くの人と関わる仕事をしたい

最後まで残っていたタマネギ畑にギャラリーとカフェを併設した

「茶廊法邑」を立ち上げた

三十歳代、子供たちを育てながら、十年間続けた飲食店の経験をカフェに

絵手紙から二十年間趣味で続けていた日本画をギャラリーにと

毎日朝早くから箱膳を作るために入った厨房

ギャラリーでの展示の打ち合わせ

自分と家族のための忙しさに

かあさんのことは頭の隅っこに追いやっていた
 

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『もう一度かあさんの聲が聴きたい』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。