「君のあの小説は、ロシアの作家・ゴーゴリの真似だったんだね、残念だよ。でも君になら話してもいいかな」

と言った。

「なにをです?」

Sは、いずれわかるよとだけ言って、龍之介は帰ることになった。それからしばらくして、龍之介の家にSの手紙が届いた。その手紙はSの遺言書だった。

彼は自殺をする決意をしたのだ。その遺言書にはSの知っていることすべてが書かれてあった。

偉大なる独裁者

キリスト教の創始者であるイエス・キリストはパレスチナ北部、ガリラヤのナザレで生まれた。彼はお金をたくさん持っている者は貧乏な人にお金を与えなさい、と言っている。

そんなイエス・キリストの思想を受け継いだ偉人がいる。マルクスである。経済学者であり、哲学者であり、革命家でもある彼は、共産主義という思想を創り出した。共産主義とは、全財産を社会全体の共有にしようとする考えである。

話は少しさかのぼるが、舞台は日本。時は、戦国時代。この時代に共産主義という言葉はなかったが、共産主義と似た思想を持つある武将がいたので、その話をしようと思う。その武将の名はN.O. 今は愛知県の西部にある、尾張国出身の戦国大名で、父は守護代の家臣の身分であった。

少年期は周囲から大うつけと呼ばれた。だらしない恰好をして城下を闊歩したり、池の水を抜いて大蛇が潜んでいないか調べたりした。極めつけは、父の葬式に遅刻し、抹香を仏前に投げたなどの挿話である。

また、N.O.は共産主義的思考の人物だったので、身分にこだわらず、町の人と遊んでいた。しかし、その時の世間から見ると、うつけ者にしか見えなかったのである。

大人になってからは、底知れない才能を発揮し、どんどん勢力を伸ばしていった。その時は、共産主義という言葉や意味は知らないものの、前よりまして、その思想に染まっていった。

彼はお金持ちが嫌いだった。そして「働かざるもの食うべからず」という思想も持ち、比叡山焼き討ちでわかるように権威ある宗教関係者や貴族が大嫌いだった。

また、N.O.はキリスト教の保護をした。これは最初に書いたが、キリスト教が共産主義の考え方を持っているから、彼は即座に信じたのだろう。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。