なぜこれほど多くの名前が発生したのだろうか。

II 出生の謎(実名の由来)

1.『日本書紀』掲載の説話

『皇后が馬屋を巡察中に厩の戸に身体があたりその衝撃で安らかに出産された。そこで 「厩戸皇子」という』とされているが、この話は信用できない。厩戸の名は「厩」の地名が由来ではないかと考えて探してみても明日香村には「厩」のつく地名はない。また上宮太子ともよばれていたことから、「上宮」のつく土地を探しても、やはりそんな地名は見あたらない。

日本書紀』は、用明天皇の宮の南にある「上宮」に住まわせていたため、上宮太子とよんだとしているが、 厩戸が実際に「上宮」がつく名で呼ばれるよ うになるのは斑鳩に住むようになってからあとのことだ。したがって『日本書紀』のこの記事も事実ではなく、造作されたものだということがわかる。

2.生年が不明

「物部戦争」に厩戸は参戦するが、このときの彼の年齢は十四歳だったとするものと十六歳だったとする二説がある。ちなみに『日本書紀』は十四歳説を採っている。

「最初の【名前の謎】では、こんなふうに十二種類の名前が箇条書きにされていて、なぜこれだけ多くの名前が発生したのか、と書い てありますけど、どうしてそれが謎になるのかが、よくわからないんですよ」

沙也香がいうと、磯部は小さくうなずいた。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。