京都

そもそも、ぼくがビールを飲むようになったのは典子とつきあいはじめてからだ。典子に感化されて、ぼくもすぐにそのうまさをおぼえた。しかし、どんなに飲んでも顔色が変わらない典子とちがって、ぼくはビールを飲むとすぐにほんのり顔に出た。

「赤くなった赤くなった」

ぼくの顔を覗き込み、はやしたてる典子。でも、ぼくはすこしも悪い気分にはならない。なぜなら、その瞬間、とても幸せそうな典子の顔がぼくの瞳のなかにあったから。

典子はうれしかったにちがいない。ビールを飲んで赤くなる。そういう生身の人間が、自分のすぐそばにいることが。

窓ガラスにぼくの顔が映る。その向こうを無数のテールランプが流れていく。左から右へ。市内から郊外へ。

ときおり、それを追い立てるように路面電車が通りの中央を走ってくる。それが決まってぼくの前で停まるのは、そこに停車場があるからだった。

ぼうっと明るい車内の、吊り革につかまるほとんどは見るからに会社帰りのサラリーマンで、みな一様に日焼けした顔と、白の半袖シャツといういでたちである。そんな彼らに、ぼくは親しみをおぼえる。

そして、彼らに向かって呼びかける。もうすこしの辛抱だと。そう、もうあとほんのすこしの辛抱で、彼らは夕べの灯りがともる家庭に着くのだ。

そこにはやさしい妻と抱っこをねだる子どもたちがいて。彼らと囲むかけがえのない食卓があって。そして、その日一日の報酬である冷えたビールをごくりと飲んで……。