謎多き天才が残した一枚の絵画をめぐる、
超大作アート・ミステリー。
写真家の宗像は、偶然訪れたロンドンの画廊で、一枚の肖像画に心を奪われる。絵画の名は、夭折した謎多き天才画家ピエトロ・フェラーラの「緋色を背景にする女の肖像」。フェラーラの足跡を追い求めてたどり着いたポルトガルの地で、宗像は美術界を揺るがす秘密に迫っていた。美術界と建築界に燻るスキャンダル。その深部と絵の謎が交錯していく。アートに翻弄された人々の光と影を描き出す、壮大なミステリードラマを連載でお届けします。
自身の出生に隠された真実を知るために、ある絵を追い続けているエリザベスと、それをサポートする日本人写真家・宗像。イギリスの高名な美術評論家・アンドレに会えることとなった宗像は、ロンドンのホテルでその老紳士と対面するのだった…。」
「アンドレさんとはいかがでしたか?」
離陸したBA560便の機中でエリザベスは待ちかねた思いで宗像に訊ねた。
「眼光鋭く、時代を見通す強固な目を持っている印象でした。さすがにアンドレさんは一時代を築いた評論家ですね。ご自分がフェラーラを見つけたんだと、少しばかり気負っておっしゃっていました。でも、エリザベスさんの電話が入るまでは全く忘れていたような存在だとも…。これまでは、フェラーラは彼にとって、もはや過去の画家だったのです」
「それで、何かお分かりになりましたか?」
「そうですね、先ず、フェラーラとロイドとの関係ですが。一九六六年ロイド新人賞審査時のこと、アンドレさんはあの絵と衝撃的な出会いをされた。そしてフェラーラの絵を初めて公に評価した。だから自分の一存でロイド出版に話を持ちかけて出版させたんだと言っていました。ロイドが最高だからと」
「何か不正な臭いなどは?」
「いえ、今回そのようなものは全く感じませんでしたね」
「他には何か?」
「フェラーラの奥さんのアンナさんですが。やはり絶世の美女だったと。それから、お嬢さんのことですが、彼は間違いなく一人だけだとも。ですから、アンドレさんは例の件については何もご存じなさそうです」
「そうですか…」
「しかし最後にアンドレさんはこうもおっしゃっていました。今の時代に共鳴して、ピエトロ・フェラーラの絵が近いうちに復活する兆候がありそうだとも」
「復活? 今、そういう時代?」
【登場人物】
宗像 俊介:主人公、写真家、芸術全般に造詣が深い。一九五五年生まれ、46歳
磯原 錬三:世界的に著名な建築家一九二九年生、72歳
心地 顕:ロンドンで活躍する美術評論家、宗像とは大学の同級生、46歳
ピエトロ・フェラーラ:ミステリアスな“緋色を背景にする女の肖像”の絵を26点描き残し夭折したイタリアの天才画家。一九三四年生まれ
アンナ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラーの妻、絵のモデルになった絶世の美人。一九三七年生まれ、64歳
ユーラ・フェラーラ:ピエトロ・フェラーラの娘、7歳の時サルデーニャで亡くなる。一九六三年生まれ
ミッシェル・アンドレ:イギリス美術評論界の長老評論家。一九二七年生まれ、74歳
コジモ・エステ:《エステ画廊》社長、急死した《ロイド財団》会長の親友。一九三一年生まれ、70歳
エドワード・ヴォーン:コジモの親友で《ロイド財団》の会長。一九三〇年生まれ、71歳
エリザベス・ヴォーン:同右娘、グラフィックデザイナー。一九六五年生まれ、36歳
ヴィクトワール・ルッシュ:大財閥の会長、ルッシュ現代美術館の創設者。一九二六年生まれ、75歳
ピーター・オーター:ルッシュ現代美術館設計コンペ一等当選建築家。一九三四年生まれ、67歳
ソフィー・オーター:ピーター・オーターの妻、アイリーンの母。
アイリーン・レガット:ピーター・オーターの娘、ニューヨークの建築家ウィリアム・レガットの妻。38歳
ウィリアム・レガット:ニューヨークでAURを主催する建築家。一九五八年生まれ、43歳
メリー・モーニントン:ナショナルギャラリー美術資料専門委員。一九六六年生まれ、35歳
A・ハウエル:リスボンに住む女流画家
蒼井 哉:本郷の骨董店《蟄居堂》の店主
ミン夫人:ハンブルグに住む大富豪
イーゴール・ソレモフ:競売でフェラーラの絵を落札したバーゼルの謎の美術商