弥生編

王城は炎上していた。

目を凝らすと、城壁の上でうごめく、越軍の軍旗や兵士たちまでが見える。ぽろっと緑金色の粒のような何かが城壁から落ちた。王宮の貴人が投げ殺されたのだろうか。ロユユは身震いした。

兵士たちから、親しみを込めてユユ隊長と呼ばれている彼は、東の運河沿いに一隊を率いて待機していた。越の侵攻と撃退は、最近では日常茶飯事になっていたが、今回は大軍らしい。何の指令もこないのに業を煮やしていたところに、傷を負った兵が小舟で流れ来て、王城から出撃した本軍の大敗を告げたのだった。王城に駆けつけてみるとしかし、守るべき対象は既になかった。

たかが数百人の小部隊でこんなところをうろうろしていて、敵が王城から出て来たらひとたまりもない。副長格のダヌは、「戦って一矢でも報いやしょう」と言ったが、ロユユは、ひとまず北にある江(こう)にまで退避することにした。

越軍は南から侵攻してきたわけだから、心理的にも北に逃れてくる者が多いであろう。そこで船を確保しておき、もし呉王や王族が逃れ来れば、そこにも呉の支配が及んでいる江の北の地に移り、勢力を立て直すことが出来るかもしれなかった。

東の運河まで戻り、数隻の船に分乗して北へ向かいつつ、数か所で岩を沈めて運河を通れなくした。何ごとも、造るよりは壊す方がはるかに簡単である。

支流に入ると、二日も経たないうちに江に着いた。見渡す限り水面が広がっており、このあたりでは既に対岸は視界の彼方であるため、まるで海か湖に来たようである。