海賊編

その後の数日間、渡辺家と四郎を慕う河後森の侍たちが、ある者は単独で、ある者は足軽や妻子を連れて、吉田の館に逃れてきた。館には、既に吉田領内の侍や足軽が集められ、張り詰めた空気が漂っていたから、すぐにいっぱいになってしまい、あふれた者たちには、吉田の郷に泊まる場所が手配された。

悠堂と四郎は、連日額を寄せ合って相談したが、四郎の手勢と吉田家だけで河後森城を攻め切るのは、いかにも難しい。それに、新たに臣従した家臣が攻められるのを、一条家が黙って見過ごすとも思えない。

しかし、もう数十は集まった、報復に逸る河後森の侍たちを、このままずっと館に留めておくわけにもいかない。渡辺家への忠誠を明らかにしたからには、弾正を倒すのでなければ、彼らの土地は弾正の手の者に与えられてしまうであろう。侍が土地をなくすと、侍ではいられなくなる。

それに、近領での下克上に刺激されて、吉田でも変な気を起こす者が出ないとも限らなかった。少し年は離れているが、千代の弟ももう数年もすれば成人する。内紛の種にもなりかねない。

困り果てた父と夫に、提案をしたのは、千代であった。

「三太夫の居る博多に行くのはどうかなもし。明との交易船は、高い報酬で侍を雇うほうじゃが」

父の仇を早く討ちたいのはやまやまだが、すぐには無理だ。わずかばかりの手勢も養えないのでは何ともならないが、船の警備など武士の本分であろうか。迷っている四郎を、千代は「うちも行くけん。ほで時期が来たら、義父様と佳代の敵討ちに戻ったらええじゃが」と言って押し切った。

四郎には奇異に思えたが、西園寺水軍の一翼を担う吉田家にとっては、さほどに突飛な考えでもない。

水軍の日常は、味方または然るべき金を支払う船であれば警護し、敵対または無関係な勢力の船であれば襲う、要するに海賊業である。瀬戸内海に名を轟かす、村上水軍や河野水軍に比べればはるかに弱体ではあったが、宇和島の海も海賊の伝統の濃さでは負けていない。

悠堂は、戻った愛娘がまた行ってしまうのを残念に思ったが、婿だけを放り出すわけにもいくまい。千代に付いていく者を募ったところ、部屋住みの次男三男など元気のよい侍たちがこれまた数十人は参集したのだった。

水軍衆の中でも有力な、奥浦の島を領する奥浦主繕は、長男を残して当主自らが行くと名乗りを上げた。

「儂もいちど、博多や寧波の港をこの目で見てみたいと、思とりましたぞなもし。姫様がおいでるとなれば、儂も黙って座っておれん」

悠堂が、なにやら千代を再度嫁にやるような気持ちになりながら、整えてやる装備はしかし、今度は華やかな着物や調度品ではなく、武器や具足、食料に航海用の備品である。

そんなある晩、悠堂のもとを四郎が訪れた。携えた黒漆塗りの細長い箱を預かってほしいと言う。

「中を見てよいぞな?」