海賊編

「千代姫様へ差し上げようと思いまして」と蓋を開けると、中には、紫の布におさまって、透明で赤や橙にきらきら光る小さな杯がある。一同は、見たこともない透き通った輝きに驚きの声をあげ、千代はただでさえ大きな目を丸くして見入った。

左馬助が「水晶ぞな?」と聞いた。

「明の商人たちは、玻璃と呼んどります、はるかに遠い、西の国で作られたものです」

「印度ぞなもし?」千代が聞くと、三太夫は、「いえいえ、もっと遠くです。最近は、(シャ)()や明まで、はるばる西の国から商人たちが来ておるそうです。なんでも、姿かたちも、我々とはだいぶ違うとか」と言った。

悠堂が少し眉をひそめて、「これを千代姫が貰って良いじゃが?」と問うと、三太夫は頷いた。何と言っても初めて見るもので、値段の想像がつかない。

左馬助が、にやっと笑って「タダより高いものはないぞな」と言うと、三太夫は、ちょっとまじめな顔をして「千代様が、お輿入れに持参出来る物をと思いましてな。縁起物として差し上げるのでございますよ」と言った。

千代が「そんな、輿入れじゃが」と照れると、左馬助が「さよう、年の頃はそろそろぞなもし」と言い、三太夫も笑顔で大きく頷いた。悠堂が「まだ二、三年はええじゃろ」とまた少し眉をひそめると、それまで口を閉ざしていた初の方が「私が輿入れして来たのも十五の頃でしたぞなもし」と言った。

三太夫が押しやる桐の小箱を受け取り、千代はその小さな玻璃の杯に、惹きこまれた。

「千代はまだ……」などとぶつぶつ言っている父の声も耳に入らないほどなのは、杯の珍しさと美しさもさることながら、千代が、これまで名前しか知らなかった遥かな地よりも、さらに遠い国から運ばれて来たということに思いを馳せていたからである。

どんより灰緑色に濁った、幅は六間くらいの矢矧の川が、広野でもなく山でもなく、曖昧な起伏がつらなる中を流れている。この何ということもない所から、百五十年ほど後に天下人が現れるが、それはまた別の話。

舟へりに立って竿を操る弥七と、あとはともに座ってかいを握った舟頭がいるだけの小さな川舟が、河岸(かし)に近づいた。河岸と言っても、土が固められた岸辺に杭が何本かある他は、番小屋に人足が一人詰めているだけの、しごく簡単な代物である。

舟を杭に舫うのも、貨物を人足と一緒に運び出すのも、みな弥七の仕事である。

弥七と人足が、麦俵を受け渡し損ない、落としてしまった。幸い川には落ちなかったが、ドスンと地面に落ちた俵が破れて、中から麦が少しこぼれ出た。

「何やっとるの」

舟頭の甲高い声が飛ぶ。