第二章 一日一合純米酒

(十四)


今回の事件で鍵になるのは、日本酒だが、元々玲子は日本酒が嫌いだった。

それを知ると、葉子が一緒に飲もうと誘ってきた。日本酒セミナーの講師もしているので、酒についてレクチャーしてくれると言う。最初に、頼んだ酒が烏丸酒造の天狼星純米大吟醸酒だった。

「これが、世界一高い酒なのか?」
「いえ、世界一の次の次の次くらいの純米大吟醸です」
葉子は、少し誇らしげだ。玲子に褒められたのが、嬉しかったのだろう。

「世界一でないのに、ここまでうまいのか?! 信じられん。本当に、こんなにうまい酒が、あんな田んぼの米からできるのか?」

「あんな田んぼ呼ばわりは、ないでしょう。ちょっと、ひっかかりますね」
葉子が、口を尖らせた。

「ヨーコさんの言う通り、最近の日本酒は、すごくレベルが上がった。桜井会長のとこの獺祭磨き二割三分も、かなりおいしいよ」

トオルの視線を追って玲子も、店内を見回す。獺祭初め、日本酒を飲んでいる客ばかりだ。

「この純米大吟醸酒、一升瓶一本造るのに、どのくらいのお米が必要だと思いますか?」
「さっき、田んぼで三キロって、言ってたな」
「凄いっ! さすがです。よく覚えてますね。それじゃあ、三キロの玄米作るのに、田んぼはどのくらいの広さが必要でしょう?」

玲子は、黙って首をかしげた。全く見当がつかないし、推測しようにも、前提条件を知らなかった。

「だいたい四畳半くらいです。田んぼ一反、三十メートル四方で六俵。三百六十キロくらいしか、酒米は採れないんです」
「つまり、千平方メートルあたり、純米大吟醸酒が百二十本。一本あたり、八平方メートル。四畳半くらいか」

「うわっ! 玲子さん、計算早っ! つまり、田んぼ四畳半あれば、純米大吟醸が一升瓶一本造れるってことです。ちなみに純米酒だったら、一坪、畳二畳から一本造れます。使う米の量が、一キロなので」

[図1]一坪(田んぼ二畳)の稲