「なるほど、一坪、つまり畳二畳から、一升瓶一本というのは覚えやすいな」

「計算してみると、二十歳以上の成人が、一人一日一合純米酒を飲むと、それだけで一万ヘクタールの田んぼが、必要になるんです。ちょうど、減反されてた田んぼ分。つまり、日本国民が、純米酒を一日一合飲めば、減反が不要になるんです」

「ほぉ、そう来たか! 減反不要とは」
「ついでに言うと、日本の昔の単位は、全部お米から換算したんです」
「どういう意味だ?」

「ひと一人が、一年間に食べる米の量を一石(いっこく)と呼びました。つまり、加賀百万石っていうのは、百万人が食べられる領地って意味なんです。その一石の米が採れる田んぼの面積が、一反(いったん)」

「驚いたな。食べ物が物差しの基準だったとは。それほど食いしん坊だったのか、江戸時代の人間は」
「今のお客さまも、食いしん坊ということでは、変わりませんわ」

すっきりした着物姿の女将が、微笑んだ。テキパキと、先の料理の器を下げ始める。うりざね顔で、白い肌。店主の妻だという。カウンターの向こうから、店主も手を出して器を引き取っていく。正面の壁面が、全面食器棚だった。扉には、磨りガラスがはまり、中の器のシルエットが見える。

縮(ちぢみ)の和服を着た細面の店主は、器の目利き。料理と酒に合わせ、その度食器棚から器を出して、提供してくれる。
続いて出してきた長皿は、淡い辛子色。微かに桃色を帯びた、乳白色半透明の刺身が並んでいる。

「お造りは、鳴門の鯛です。一般に鯛の旬は、産卵前の春先ですが、鳴門では紅葉鯛と言って、秋にも旬があります。秋田の純米吟醸酒『天鷲絨(ヴィリジアン)』を、冷やで合わせて下さい」

すっと目の前に、杯が置かれ、店主が酒を注ぐ。