人質は「三億円の田んぼ」……。
世界一の日本酒をめぐり、渦巻く黒い思惑。
『田に毒をまいた。残りの山田錦が惜しかったら、五百万円用意しろ』。
烏丸酒造に届いた一通の脅迫状。見れば一本百万円を超える純米大吟醸酒の元となる田の一角が枯らされていた。捜査の過程で浮上する、杜氏の死にまつわる事件の疑惑。そして、脅迫犯が突きつける、前代未聞の要求とは――。
酔(よ)みすぎご注意。 ふくよかに味わい深い、発酵醸造ミステリーを連載にてお届けします。
第二章 一日一合純米酒
(十三)
割烹まで、蔵から車で一時間以上かかる。行って帰って、二時間。当日、長時間中座していた者はいないとすれば、全員容疑者から外れる。
「杜氏は、酒蔵で外部のもんと待ち合わせていた。そこで、何かが起こって、襲われたっちゅうことか」
勝木は、腕を組み、独りごちた。
「または、約束相手が帰った後、泥棒でも入ったんやろか?」
ただ、秀造に確認したところでは、盗られたり、失くなったりした物はないらしい。
「あとは、怨恨か」
ひどく他人に恨まれている様子はなかった。ただ、どこに行っても、歯に衣着せぬ物言いで、煙たがられていたらしい。
また杜氏は、特定技術を持ち、責任も負うため、他の蔵人より一桁給料が高い。それがトラブルの原因になることもあった。高給に見合って、金遣いも荒かったようだ。
「犯人は、多田杜氏が油断したところを襲い、窒息死させた。そして、もろみタンクに、死体を放りこんで偽装した。顔見知りだったのか、それとも見ず知らずの通りすがりの仕業か」
勝木の思考は、ぐるぐると堂々巡りし続けた。全く手掛かりが無く、八方塞がりだった。
【主な登場人物】
山田葉子:日本酒と食のジャーナリスト
矢沢タミ子:居酒屋経営者
矢沢トオル:タミ子の息子
葛城玲子:播磨署警察官 警視
高橋 仁:同 警部補
勝木道男:同 捜査一課課長
烏丸(からすま)秀造:『 天狼星(てんろうせい)』醸造元 烏丸酒造 蔵元
烏丸六五郎(むつごろう):同 先代蔵元
多田康一:同 前杜氏(とうじ) 故人
大野 真:同 副杜氏
佐藤まりえ:同 賄い担当
速水克彦:同 新杜氏
富井田哲夫:県庁農林水産振興課課長
松原拓郎:農家
松原文子:拓郎の妹 農家
桜井博志(さくらいひろし):『獺祭(だっさい)』醸造元 旭(あさひ)酒造会長
甲斐今日子:酒屋
黒木 将:酒屋
ワカタ ヒデヨシ:元プロサッカー選手、日本酒プロモーター
スティーブン・ヘイワード:有機認証機関検査官