第二章 一日一合純米酒

(十四)

シャープな薄手の酒器。表面にガラス質の膜が被り、透き通るような空色をしている。

「これは…」
葉子が、目を光らせた。杯を逆さにし、底をのぞき込みながら、作家名を口にする。

「さすが、ヨーコさんだ。その方の最近の作品です。現代青白磁の代表と言えますね」
蒼穹の主人の賞賛に、嬉しそうに葉子が、ガッツポーズを取った。
そして、にこにこと、器の中身の説明を始めた。

「このお酒を造っているのは、六号酵母という現存する一番古い酵母が見つかった酒蔵なんです。それで、使う酵母は六号酵母のみ。お米も秋田県産米だけです」

「これも、山田錦の酒なのか?」
「いえ、山田錦の子供で、美郷錦という米の酒です。秋田県では、山田錦は寒過ぎて育たないので」
「さっきの純米大吟醸より、香りが穏やかだな」

舐めるように、味わいながら、葉子が解説を続ける。

「柑橘のような香り、感じませんか?」
言われて、玲子は香りを探してみる。確かに、そんな風味があった。

「確かに、柑橘っぽい。しかし、柚子でもなければ、レモンやオレンジでもないし、グレープフルーツとも違う。なんの柑橘だろう?」

この柑橘系の香りが、紅葉鯛の刺身の新鮮な風味と実によく合う。味と香りがいっそう膨らみ、サラリと味がキレながら、後に余韻がたなびく。

「うまいな!」
紅葉鯛と天鷲絨(ヴィリジアン)を、交互に口に運ぶと、杯が止まらなくなった。

「米だけから、これほど多様な酒が造れるものなのか」