第二章 一日一合純米酒

(十三)

勝木は烏丸酒造に戻ると、秀造と大野副杜氏の都合を確認した。運よく、二人とも手が空いているという。たまたま、蔵に来ていた富井田課長からも、事情を聞けることになった。三人共、事情聴取に極めて前向きだ。

「おやっさんが、殺された以上、なんとしても仇を取らないと」
特に大野副杜氏が、目の色を変えている。鼻息も、荒い。

脅迫事件の仮捜査本部、蔵の応接室で、事情聴取を進めることになった。外はすっかり暗くなり、窓ガラスが鏡のように、室内の様子を映している。

蔵元から順番に、話を聞くことになった。

「多田杜氏が、発見された前の晩のこと。ちょっと、聞かせてもらえまっか?」
勝木の質問に、秀造が記憶を辿る。少し考えてから、おずおずと口を開いた。

「あの晩は、甑倒(こしきだお)しを終えたのと、播磨農協の新理事長の歓迎会を兼ねて、宴会を開きました」

酒蔵では、醸造シーズンの終了を、甑倒しと呼ぶらしい。仕込みに使う米を、すべて蒸し終えると、甑、つまり蒸し器をしまう。その後は、重労働がなくなるため、事実上の酒造り終了を祝って、宴会が行われるのだ。

「宴会に参加したんは?」
「蔵人全員と、播磨農協の幹部。あと、富井田課長たち県庁職員が数人だったかと」