第二章 一日一合純米酒

(十三)

「多田杜氏を最後に見たのは、誰で? いつやった?」

「皆です。懇親会に、出発するときに見かけたのが最後でした。一緒に行きましょうと言ったんですが、後から一人で行くって。言いだしたら、聞かない人なんで、理由も聞かずにそうしました。それが、なんの連絡もなく、来なくって。キャンセル料払ってもらわなきゃなんて、皆で話してたのに……。翌朝になって、あんな姿で見つかるなんて」

大野副杜氏が、肩を落とした。

「後から一人で行くって、なんやろな? 蔵人を追い出した後、酒蔵で女とでも会うつもりだったんやろか?」
「まりえさんじゃ、ありません。あの日は、友だちと境港の水木しげるロードに出かけてて、留守でしたから。ひょっとすると、別の女性かも知れません」

妖怪好きだった杜氏の勧めで、佐藤まりえは鳥取観光していたらしい。別の女の話も出たが、心当たりがあるわけではなかった。

「女一人でできる仕事じゃないな。共犯者がいたのかもしれん」

どっちにしても、わからないことだらけだった。
その他には、特段変わったこともなかったが、人一倍、大酒飲みの富井田課長が、あの宴会に限っては、ほとんど飲まなかったらしい。

「あの日トミータさん、腹の具合が悪くて飲めなかったんですよね。気の毒だったなあ。何回も席立って、トイレに通ってました」