アメリカはピューリタンが入植するまでは、先住民はいたもののまったくの未開の地であり、当然役所などはなかったので、行政は存在しなかった。それぞれの地域のコミュニティは、当初はもめ事を自分たちで解決するしかなかったのだ。したがって、司法優先であり、行政は後づけであった。

では、日本は徹底した行政国家であるかというとそうともいえない。徹底した行政国家としてアメリカの対極にあるのは、おそらくフランスであろう。日本はアメリカとフランスの中間にあるといえる。

日本の法体系について考えてみよう。戦前の日本は大陸法の考え方を取り入れていたが、戦後は英米法の考え方をかなり取り入れた。と書くともっともらしく聞こえるが、ことはそう単純なものではない。実は、戦前からすでに双方の特徴を兼ね備えた独自の法体系になっていた。例えば、英米法の陪審制は、戦前の1928(昭和3)年に導入されている。

ただ、これも1943(昭和18)年に施行停止されている。その理由は、太平洋戦争という非常時で制度の維持が困難になったからだと思われるが、根底には、やはり英米法の考え方には馴染めない、肌に合わない、ということもあったと思う。

しかし戦後は、英米法の考え方を取り入れざるをえなくなり、明治憲法時代の行政裁判所は廃止されることになった。アメリカのように、行政事件についても通常の裁判所が裁判するというシステムになったのだ。

ところが、これもまた単純な話ではない。アメリカのようになんでも民事訴訟法でやるかというとそうではなく、行政訴訟と民事訴訟は違うということで、民事訴訟法のほかに「行政事件訴訟法」という特別の法律を整備した。

最高裁判所判事も務めた法学者の藤田宙靖はこの行政事件訴訟法について『行政法入門』(有斐閣 2016年)でこう言っている。

《この法律によって定められているいろいろな制度は、日本国憲法が司法国家制度のモデルとして強い影響を受けたアメリカの法制度よりもずっと、こんにちでも行政裁判制度をもっているドイツやフランスなどの行政訴訟制度によく似ているのです。こういったわけで、わが国の現在の行政訴訟制度は、諸外国にくらべてもすこぶる特徴的なものを持っているのだ、ということになりますし、また、それだけむずかしい問題をかかえているのだ、ということにもなるわけです。》